053 一枚上手な老人
俺が他人の拘束から抜ける事が出来なく無くなったのは、何時頃の事だっただろうか。
技術的にも力技にも法律的にも、俺はそういった全ての拘束から抜け出す術を持っていた、筈だったのだが恐ろしきかな一国の姫とは言えども女児一人の拘束すらまともに解くことが出来ず、今現在俺は窮地に立たされていた。
「友達見捨てるとかサイテーだと思うよ」
「いや、エミリーなら大丈夫かな、と信じてたのサ」
「大丈夫じゃないし。お兄様の前で転移使ったら魔方陣から何処へ飛んだか見分けられて即時連れ戻されるんだよ」
「す、凄いな……」
「お兄様、次元魔法の賢者だし。お兄様が開発した次元魔法が幾つもあるんだよ」
あ、アンドレア……てっきり厳しいところもあるが基本は優しく心の広い青年かと思いきや、一つのものをしっかりと極める努力家であったか……あんなに若いのに。
というか先程から、エレアノールエミリーの顔が物凄く怖い。
どの辺がっていわれるとその光無き沈んだ色の瞳だが、何時も通りの無表情である筈なのに何時もの1.5倍位影が濃い様にも感じられる。
何があった……アンドレアは一体何をしたんだ……!
「いやだが、愛するエミリーならやれるって思ったのだ」
「なら結婚するか? お? 小舅との戦いを繰り広げたいの?」
エミリー見たく軽いノリで愛するとか言ってみたら思いの外重い返答が返ってきやがりました。正直、クロスカウンターを喰らった気分です。
ボクシングの師匠たるディオとの試合を思いだす。
あいつの俊敏さと動体視力は目を張るものがあった。
まさか威力もスピードもあった俺の攻撃に臆するどころか前に出て反撃してくるとは夢にも思わん。
というか、完成間近だった俺にそういうことが出来た相手はディオ位だった。
「いや、小舅は勘弁して貰いたいが……」
余り酷いと殺ってしまう可能性が……そんな理由で国王死すとか笑えないぞ。
「結婚は?」
「……子供は男の子と女の子の二人欲しい」
「乙女なの? 私より乙女だよ?」
照れながらに言うとエレアノールエミリーに何とも言えない表情で返される。
……いや今度こそ一般的老後というのを体験……の前に人の親か。
兎にも角にも、自分の子供が欲しい。
だが少なくとも今その欲求を満たす為に動くべきでないことは明らかだ。
ベルンハルドじゃあるまいし、何が悲しくて戦争前に身を固めようとするんだよ。
死亡フラグは別に強くなるのに関係無いぞ。
「おや、脱走兵が見つかったようだね」
「自分が捕獲してまいりましたサー」
句読点付けないと最後の『サー』は人を小馬鹿にしているような別の意味になるぞ。
「ご苦労様。……さて、勇者殿には何故逃げ出したのか教えて頂きましょうか?」
「マリッジブルー的な感じだ」
「そうだったのか。なら仕方が無いですね。授業を再開しますから席に着いて」
「分かった」
取り敢えず話の流れのままに席へ戻った俺を待ち受けていたのは、今回最も危険だった筈が俺の言葉に理解を示してくれたアンドレアなどでは決してなかったことに俺はその二秒後気付かされる。
「……何」
エレアノールエミリーが俺の席に着いており、元々エレアノールエミリーが座っていた席は最早椅子では無く鉄屑木屑と化していた。
何があった!? 俺はそんな疑問を外に俺の席に着くエレアノールエミリーをジッと見つめる。
その目は、『ククク、我を倒したとしても第二第三の我が現れ、貴様を殺すだろう』と、はたまた『我は四天王の中でも最弱。貴様らの運命は決まっているのだ』と言っているようで、要するにアンドレアが駄目なら自分で報復してやんぞゴラァと暗に語っていた。
正直どうすれば良いか分からない。
「どうしました? 席に着いて下さい」
アンドレアはそう言うが、現状俺にはそうする事が出来ない。
「いや、エミリーが……」
「席に、着いて下さい」
ば、馬鹿な! ダブルパンチだとっ!?
てっきり小舅に敵意がないと思いきや嫁と手を組んで夫をいびりに掛かって来た、だと。
何と言う事だ、まさか二人が繋がっていただなんて……!
いや、良く考えれば分かった事なのだ。
エレアノールエミリーが酒場へ転移魔法で来た時点で転移した先の分かるというアンドレアと繋がってることは必須! もし繋がっていなければ酒場にはアンドレアの姿もあった事だろう!
つまり! この犯行は計画的に行われたものだ!
勉強から逃げた子に説教する様に! こいつ等は俺に何も言わぬまま体罰を与えようとしているのだ!
……こんな絶望的な状況下、今の俺に出来ることは一つ!
「分かった」
「むぎゅ!?」
俺はエレアノールエミリーの膝の上へ腰掛け、エレアノールエミリーは自分より大きな俺に寄しかかれて腹に腕を回して強く掴んで何とかしようと頑張っている。
エレアノールエミリーが俺の席に座った事は失策だったな! 俺には注意された場合に究極の言い訳を考えているのだ!
「ちょ、勇者殿! 妹を踏んでいます!」
「……む? あぁ小さくて気付かなかったよ」
これだぁぁぁぁぁぁぁ! エレアノールエミリーはそれ程までに小柄という訳では無いが、それでも俺よりは小柄に違いは無い! ならばその存在に気付けずとも違和感は無いのだ!
俺は気付かなかったフリをしたままにエレアノールエミリーから降りる。
「普通気付くでしょう!」
「だがエミリーも悪いぞ。そこは俺の席なのだ、エミリーはエミリーの席へ戻るのだ」
「……えっ」
そう! 学校という場所では席が決まっていること必須!
偶然にもここは学び舎であるが故に自席の主張を可能としているのだ!
「わ、私もう座っちゃったし」
「なら俺が立たせてやろう」
ヒョイッと軽いエレアノールエミリーを持ち上げると直ぐに地面へ下した俺は、空いた自席へ何の問題も無く腰掛ける。
「ほら、エミリーも自分の席へ戻るのだ」
「……久遠の膝の上へ席替えとか、無し?」
どうやら負けを認める気は無いらしいエレアノールエミリーは却下されて然るべき提案を恐る恐ると言った風に上目使いで尋ねてくる。
アレだな、可愛らしい女児の武器フル活用だな。
「有りだぞ。おいで、エミリー」
まあ俺には効かないんだけどな。
だけども、孫を膝に乗せるというシチュエーションに憧れなくも無い……本当に、本っ当に少し憧れているような気がしないでもないような……そんな一ミクロン位の憧れ……に近いものから! 俺は膝を叩いてエレアノールエミリーを招く。
……本当に少ししか興味は無かったんだからな! 絶対だからな!
俺が物凄く優しい笑顔でエレアノールエミリーを迎えてるとか、全然そんなことはないんだからな!
孤児院や教会で抱き上げたりとかはあるが……存外童子を膝の上に乗せたことは無かったのだ。
さて置き、そんな俺を見て若干引き気味のエレアノールエミリーは、恐る恐ると言った風に軽い体を俺の膝へ乗せ、俺に寄しかかる。
大方、先程俺がしたのと同じことをして報復でも企んでいたんだろうが、体重の差が明らかで俺は全然苦じゃないぞ。
……し、しかしこれが童子を乗せる感覚か……な、なんというかむず痒いな!
「……勇者殿、それで勉学に勤しむつもりですか?」
「拙いか? ならエミリーは自席へ戻って貰った方が良いだろうか」
「……まあ、良いでしょう」
どうやらエレアノールエミリーとアンドレアは負けを認めたらしく、大人しくなった。
その後再開された授業で、俺は一応次元魔法の基礎全てを頭に叩き込んだのだが、途中無駄知識をアンドレアが披露する合間は膝の上に居るエレアノールエミリーに色々悪戯をして……因みに悪戯ってのはこちょばしたりとかこちょばしたりとかツボ押したりとか健全この上ないものだが、最終的にはエレアノールエミリーが『コホー……コホー……』と呼吸する様になって悪戯の手を止める。
何か危ない気配を察知したのだ。
兎にも角にも、そんな授業を終えた俺は、グッタリとさせてしまったエミリーを背負い、城へ戻る帰路の最中だ。
俺を含めた勇者は今日、早めに休んで体を休めることが義務付けられ現時刻はまだ25時だというのに特訓を終了させて各々が戦いに備えるのだ。
俺としては優人に飛ぶことを見せたのと酒場へダッシュしたこと以外全く動いていない為にこれからでも物理的特訓に入りたいところだが、流石にそれは止めておくべきだろうな。
相手の力が未知数である以上万全を期すのが普通。
今回は賭けられているのが俺の命だけでなくこの国の全国民だ。
リスキーな戦いを、求めはしないさ。
エレアノールエミリーをエレアノールエミリーの部屋にあった大きなベットに寝かせると、閉じた扉の先に悪意は感じられないが何者かの気配を感じた為、音を立てず無音のままに窓から部屋を出る。
恐らく聞き耳を立てているのだろうが、何故聞き耳を立てているのか分からない以上俺はこの場を早々に離れるべきなのだ。
しかも、聞き耳を立ててる奴に見つからず。
そんな訳で窓からの脱出な訳だが、3階にあるエレアノールエミリーの部屋から飛び出した俺は重力に成す術も無く裏庭へ落下。
どうやらエレアノーエルミリーの部屋は裏庭の良く見える位置にあったらしい。
それで今日俺が裏庭で寝ていたことが分かったのか。
さて置き、エレアノールエミリーを無事送り届けた俺は今日この王宮ですべきことを終えた。
酒場へ戻って無駄に俺を心配しているであろうベルンハルドを安心させるついでに飯に有り付かなければな。
そんなことを考えながらに歩いていると、小さな人影を発見。
俺は即時行動を起こし、その人影を持ち上げる。
「ぬお!? 一体誰じゃ。ワシを誰だと……」
「俺だよ俺」
「ぬぅ? 何じゃ久遠じゃったのか」
「オレオレ詐欺だったんだよ」
「カフェオレ?」
「……何でも無い」
取り敢えず、ボケが不発だと恥ずかしい。これ年齢が変わっても変わらん。
俺は意味も無く驚かせる為に持ち上げた人影……エゼリアの体を芝生の上に戻し、向き合う。
「あの後どうなったんじゃ?」
「アンジェリーヌキャロンが放尿して俺がアンドレア宣誓の次元魔法教室から逃げた」
「??? 何をいっておるのじゃ?」
当然の様に伝わらなかった。
まあしかし、アンジェリーヌキャロンの失態に関しては余り人にいうべきことではないだろうな。
人の汚点を言いふらすだなんて、クズの所業だ。
……今見たく相手に反応させないならセーフだ。
俺は今日起こったことを簡略化したダイジェスト版を語り、エゼリアは俺の行動に呆れたような顔を見せながらもしっかりと最後まで聞いてくれた。
「で、エミリーは今寝込んどると」
「別にそこまでのことをしたつもりは無かったんだがな」
「女子とは『ばりけーど』らしいからの」
「相手を寄せ付けないんだな」
心の壁が厚いのか。
「エゼリアはここで何を?」
「ワシか? ……秘密じゃ」
「そうか、花を見に来たんだな」
「アカンこの若者、心読みおる」
何故秘密にしたのかは分からないが、エゼリアが居たのは花壇の前で、背後に這いよった俺の気配にも気付けない程何かへ見入っていたのだとすれば、それは花以外にないだろう。
まさか切り揃えられた芝生に興味が有る訳でも無い限りは。
「……明日、魔王軍が攻めて来るんじゃな」
一拍置いて、エゼリアは思いだした様に言った。
「あぁ、サトゥルヌスの言うとおりならな」
「もしかしたら死ぬかもしれんが、死ぬ前に友が出来てよかったわ」
「縁起でも無い。……大丈夫だ、お前は俺が守るもの」
「カカカ、嬉しいが、友とは対等でありたい故守られるのはご免じゃ。ワシは久遠の横で一緒に戦う」
ふむ、守り守られの立場は対等では無い、か。
確かにそういう見方も出来るが、大切な奴を守りたいという考え方があることも忘れないで欲しいものだ。
しかし。
「あぁ。じゃ、背中は任せる。援護してくれ」
「任せてくれ」
まだ夕方だが、気の早い月がもう顔を出している中で、俺とエゼリアはそんなことを言いながらに笑った。




