046 二人の末路
王宮に来てから三日が経つ。具合はすっかり良くなり、もう業務をすることも問題がないほどだ。キャロルの部屋がある宮の中を、案内してもらったり少しずつ動き出している。アルベルトが幼少期から過ごしていた宮なので、さすがのカロリーナも中に入ったことはなかった。必要最低限しか部屋数もなく、王や王妃が使う贅を凝らした宮殿とは天と地ほども違う。でも、キャロルはこのアットホームな宮が案外気に入っていた。
キャロルの専属の侍女になった女性は、ボニー・ジェンダーと言いジェンダー辺境伯の親戚筋に当たる娘らしい。今回、キャロルがアルベルトと婚姻することになり当主から依頼されて侍女になった経緯がある。キャロルもジェンダー辺境伯家の養女になったはずなので、ボニーとは親戚になったということになる。
ボニーは、とても気の付く娘で侍女仕事の他に剣術にもたけているのだとか。自分には勿体ないくらい有能な侍女で驚いた。
「ねえ、ボニー。アルベルト様には、まだお会いになれないのかしら?」
キャロルは、何度目かの同じ質問を彼女にぶつけた。
「お仕事がお忙しいみたいで申し訳ありません。しばらくは、王宮でゆっくりとお過ごし下さいとのことです」
ボニーは、同じ返事を返してくる。キャロルは、会ってくれないアルベルトにイライラが募っていた。迎えに来たビルの話だと、色々とやらなければいけないような言いぐさだったのに……。この宮に入ってから、アルベルトだけでなくビルも音沙汰がない。それに、ヒューはどうなったのか聞いても「大丈夫です」としか答えてくれずもやもやしていた。
それからさらに二日が過ぎた。いい加減、キャロルも大人しくしているのに飽きていた。それに良く考えたら、キャロルは王宮内のことは案内されずとも良く知っている。会いたいなら、自分で王の執務室にいけばいいのだとやっと気づく。誘拐されて無意識のうちに縮こまり、アルベルトの許可を取らなくてはと思い込んでいた。
そうと思えば、行動あるのみだと部屋を出て行こうとすると――――。
トントンと扉を叩く音が聞こえ、ボニーの声がした。
「カロリーナ様、急ぎの知らせが届きました」
「入って」
キャロルは、突然何事だと身構える。
「アルベルト陛下からのお手紙です」
ボニーが、金色の封筒に入った手紙をキャロルに渡してくれた。アルベルトに手紙をもらうのは初めてのことで、少し緊張してしまう。中を開けて読んでみると、それは思いもかけない内容だった。
手紙には、ディルクとララのことについて記されていた。現在二人は、王族の権威を失墜させた罪で王太子の座を追われ、身の振り方が決定するまで幽閉されることになっていた。そして、やっと二人の処遇が決まったのだと書かれている。
第一王子ディルクとその妻ララは、明日にはこの国の最北の地に送られると綴られている。ララのことを、妻と表現されていていつの間に結婚したのだと驚く。二人に最後に会いたければ、王宮の片隅にある幽閉の塔に行けとある。封筒に重さを感じたので中を検めると、古い大きなカギが入っていた。
キャロルは、考えるまでもなく二人に会いに行こうと準備を始めた。ボニーに頼んで、この部屋にある中で一番高級なドレスを出してもらう。王宮に戻って来てから、初めてこれでもかと綺麗に着飾ってもらった。二人に会うのに、みすぼらしい格好で行くわけにいかない。
準備ができたキャロルは、ボニーを伴って幽閉の塔に向かう。幽閉の塔は、王宮の敷地内にはあるが小さな林の中にポツンと佇んでいる。罪を犯した王族を、幽閉するための場所だった。
林の中は、青々と茂る草木と野の花があちらこちらに咲いている。そこにただよう空気は、新鮮で平和そのもの。だけど、これから会いにいく二人に、その言葉はきっと似つかわしくない。
塔の前に着くと、ボニーが見張りの兵士に話をしてくれる。
「カロリーナ様が、お二人にお会いになります。通して頂けますか?」
「はっ! 事前に言付かっております」
兵士は、そう言うと塔に上っていく階段へと通してくれた。キャロルが先に一段一段上って行く。ヒールの音が、カツンカツンと塔の中でこだまする。階段を上り切ったところに、一人の騎士が扉を守っていた。
「カロリーナ様ですね。お待ちしておりました。中には私も一緒に入ります。鍵をこちらに差し込んで下さい」
キャロルは、騎士に向かって頷き錆びた鍵穴に鍵を差し込む。扉を開けると、細い廊下が真っ直ぐに伸びていた。先頭を騎士が歩き、その後にキャロル、ボニーと続く。無言で廊下を歩いて行くと、中ほどで鉄格子が出現し簡単には外へ出られないようになっている。
鉄格子の鍵も先ほどと同じ鍵で開け、さらに奥に進む。すると。それ程広くはないが、住むのに困ることはないだろう部屋が現れた。ざっと見た印象としては、トイレなどの必要最低限のものは揃っていた。
そこには、虚ろな目をした元婚約者のディルクと少しふっくらした印象のララが椅子に座っていた。
「失礼するわよ」
キャロルが声を出すと、二人は同時に自分を見た。二人とも目を見開いて驚いている。
「カロリーナか? どうしてここに?」
「なんであんたが、そんなドレスを着てここにいるのよ!」
ディルクは、目を見開き驚きの形相だ。ララは、目を吊り上げてヒステリックに叫んでいる。
「あら? 知らなかったの? 今上陛下の妃は私よ?」
自慢げに二人に笑いかけ教えてあげる。ディルクは、キャロルの言葉に信じられないといった顔で表情が抜け落ちている。それと同時に、自分の愚かさに気付き悔しさを滲ませていた。
「なっ、なによそれ! そんなのおかしいわ。あんた処刑されたはずよね? あんたみたいな悪女が、王妃になれるわけないでしょ!」
ララが、怒り狂った様子で捲し立てている。キャロルは、動揺することなく平然とした顔で返答した。
「あら? 今では、民衆の間では悪女で有名なのはララ・ヴォーカーよ。何でも、気に食わない侍女がいるといじめ抜くんですって。嫌な女よね」
「はぁー? そんな大嘘を誰が信じるのよ!」
「ごめんなさいね、本当なの。下町に行ってみたらわかるのではないかしら? でも、あなたがララだって知られたら大変だから、身分は隠したほうがいいと思うわ」
キャロルは、かわいそうな人を見る目でララを見る。その眼差しに耐えられなかったのか、ララが椅子から立ち上がってキャロルに手を上げようとした。
「いい加減にしなさいよ!」
ララが、キャロルに向かって手を振り上げるが、騎士がキャロルの前に立ちはだかり難なく彼女をいなす。ララは、床に倒れてしまう。
「カロリーナ様に、指一本触れることはできません」
騎士が、ララを睨みつけて威嚇する。ララが相当悔しそうな眼差しでキャロルを見ている。
「ちょっとディルク! こんな言われっぱなしでいいと思ってるの!」
ララは、後ろで何も言えないディルクを非難する。
「もう、何もかも終わったんだ……。僕は一体どこで間違えてしまったのだろう……。カロリーナ、僕は君には敵わない……」
ディルクは、もう全てを諦めたのか首をたれすっかり覇気が無くなっている。自分に婚約破棄を言い渡した時は、あんなに自信満々な表情だったのに。一時でも、こんな男に負けた自分が情けない。
「全てはもう遅いわ。二人で一からやり直すのね。――――ディルク殿下、やり直すのも悪くないものよ」
キャロルは、最後に元婚約者の名前を呼んだ。一度は、結婚するはずだった男。粋がっていたカロリーナが、彼の自尊心を傷つけたのは事実。どこかでお互い様だと許し合っていたら別の道があったかもしれない。でも、そんなもしもなんて存在しない。残念ながら、婚約者を処刑すると言う超えてはいけない一線を越えたのはディルクだ。キャロルは、それを許すことなんてできない。それに性格の悪いカロリーナは、打ちひしがれるディルクを見て喜んでいる。キャロルは、それを必死に抑えていた。
「ちょっと、一体何の話をしているの? こんな幽閉なんて一時のことよね? 落ち着いたら、王太子は無理でも普通の王子と同じように、爵位を賜って臣下に下るのではないの? 私は、公爵夫人になるのでしょう?」
ララが、キャロルの言葉に反応する。どうやら、二人の処遇がどうなったのかまだ聞いていないようだ。それにしても、あんな事件を起こしておいてなんて都合の良いように解釈しているのだろう? 普通に考えて、そんな簡単な処遇で落ち着くはずがない。
「残念だわ、ララ。二人は、北の地方にある寂れた土地の管理人になるみたい。でも安心して。年に一度は、報告の為に登城を許してあげる。私が、王妃として輝いている姿を目の当たりにするのよ。素敵でしょ?」
キャロルは、わざと優しくララに話して聞かせた。あの日の夜会で、カロリーナが処刑を命じられたのを見て、邪悪な笑みを自分に向けたことを一生忘れない。
「そんな馬鹿な? だって、私は王太子の婚約者になったのよ? この一年必死で勉強して誰もが憧れる令嬢になれた。それが、誰も行きたがらない北の土地の管理人? ふざけないで! 私はそんなところ行きたくない! ディルクが一人で行けばいいじゃない!」
ララが、目を吊り上げてディルクに向かって暴言を吐いた。だけどもうディルクは、完全に諦めているようで寂しそうに笑うだけ。
キャロルは、その光景を見てもう充分だった。後は、二人でゆっくりと話し合えばいい。時間だけは、たっぷりとあるのだから。
「では、私は失礼するわ。お元気でね」
キャロルは、部屋を出て行く。ララが自分も一緒に出ると縋って来たが、一緒について来てくれた騎士に止められた。キャロルは、そんな彼女を一瞥するだけで何も言わずにその場を後にする。後ろから泣き叫ぶ声が聞こえるが、残念ながら何も感じない。
ララは、鉄格子の向こう側で「私をここから出して!」とヒステリックに叫んでいる。
だけどキャロルは、最後まで振り向くことはなかった。





