025 朝食での報告
キャロルが、目を覚ますと天窓から朝の日差しが降り注いでいる。キャロルにあてがわれたこの屋根裏部屋は、窓が天窓しかないので外が明るくなると自然と部屋の中も明るくなる。雲一つない良く晴れた日などは、目覚めとともに清々しい陽の光を浴びる。
「今日もいい天気だなー」
ベッドから起き出したキャロルは、天井を見上げて青い空を見やる。青い空は、どこの空でも気持ちがいいものだ。キャロルは、たまに前世の頃の自分を思い出す。地味で平凡な事務職だった頃、天気のいい日は一人で近くの公園に行ってお弁当を食べながら、綺麗な空の青を見上げて気分転換をしていた。
そんな普通のOLだったのに、まさか転生して前世とは違う世界で悪女として生まれ変わるなんて誰が思っただろうか……。前世の最後がどうだったのかは覚えていない。気づいたら前世の記憶を持って、カロリーナの中にいたから。
真っ赤な髪で、見るからに気が強そうで近づきがたい容姿。前世とは何から何まで違う自分に、今でも時々夢じゃないかと思うこともある。だけど、毎朝目が覚めて鏡に映る自分はカロリーナのままなのだ。普通に生活している分には、前世の自分の性格が大半を占めているがカロリーナの琴線に触れるような出来事が起こると一転して沸点が低くなる。
カッと体内に血が巡り、気性の荒い性格が顔を出す。そんな自分にもだいぶ慣れてきたが、思ったことをそのまま言葉にしないようにするのは今でも忍耐力がいる。
とんでもないことを言いそうな自分をなんとか押さえつけている。
カロリーナの記憶も、自分の中にあるので今まで彼女がどんなことをしてきて、どんな言葉を吐いていたのか知っている。それを今の自分が思い出すと、罪悪感にさいなまれる。あまりに自分以外の人間に対して、ぞんざいな態度を取りすぎなのだ。思いやりというものが欠如している。
カロリーナのとった態度に、傷ついただろう人間がどれだけいるのか考えるだけで恐ろしい。
全てを持っている女性のはずなのに、満たされない心の持ち主だった。彼女はどうすれば良かったのだろうと考えるが、今更それを知ったからってどうなるものでもない。大切なのは、今をどう生きるかだと原点に立ち返る。
「諦めるのは簡単だし……。今の私で頂点に立ちたいと思ったんだから、頑張るしかない!」
顔を両手でパンパンと軽く叩く。夜の仕事を始めてから四日目になる。少し疲れが出てきたのか、心がしんみりしてしまった。居酒屋レストは、週に5日間働くことになっている。今週は今日も入れて二日ある。よしと気合を入れて、カロリーナは顔を洗いに下の階に向かった。
下の階に行くと、女将さんが洗濯物をしている。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。なんだか疲れた顔してるが大丈夫かい?」
キャロルは、自分の頬に手を当てる。
「えっ? 本当ですか? しっかり寝たのですが……。顔洗ってきますね」
キャロルは、逃げるように洗面所に向かう。鏡の前に立った自分を見て驚く。確かに、見るからに疲れた顔をしている。恐らく、夜も働きに出たことに加えて連日演技じみたことをして神経を使っているからだ。人を欺くことに慣れているカロリーナだけど、キャロルには正直荷が重い。計画の一部なので、やめる訳にはいかないから自分が図太くなるしかない。
「はあー、性に合わないことはやるもんじゃないわ……」
情けない言葉が口から漏れる。こんな自分にイライラするが仕方ない。盥に入れた水をすくって、バシャッと荒い手つきで顔を洗う。冷たい水が顔にかかり、ほんの少しだがスッキリする。顔からポタポタと雫が落ちてきたのでタオルで顔を拭った。
(あと二日行ったら休みだから頑張るしかない。毎日やっていたらきっと慣れてくるはず! こんなに気疲れするのも今だけ今だけ)
キャロルは、自分を奮い立たたせてテキパキと身支度をした。
三人が揃った朝食の席で、キャロルは一人ドキドキしていた。昨日、ヒューと約束したので女将さんと旦那さんに夜の仕事のことを話さなくてはいけない。
反対はされないと思うが、どんな反応をするのか少し不安だった。
「では、いただこうか?」
旦那さんが作ってくれた朝食を前に、女将さんが声をかけた。
「あっ、あの一点だけお話したいことがあって……」
緊張した面持ちでキャロルは、言葉を発する。
「ん? 何かあったかい?」
「実は私、三日前から夜も仕事をすることになってまして……」
「夜って、一体いつだい? 一人で出歩いているってことなのかい?」
女将さんが、心配そうに顔を曇らせている。旦那さんは何も言わないが、眉間にしわを寄せて懸念をのぞかせている。
「夜ご飯を食べた後に、こっそりお店を抜け出してました……。すみません」
キャロルは、バッと大きくに頭を下げる。
「何でまた急に……。夜なんて危ないだろ?」
「もう少し、お金を稼ぎたい気持ちがありまして……。あのっ、でも行き帰りはヒューが付いててくれるので大丈夫なんです」
キャロルは、顔を上げて必死に説明する。女将さんや旦那さんが、口惜しそうな表情を浮かべた。
「うちの給金が安いからだね……」
「そうじゃないんです。ここでのお給料は十分です。お二人には良くしてもらっていて、本当にそんなんじゃなくて……。でも、先々のために少しでもお金を貯めておくべきだと思って……相談もせずに黙っていてすみません」
いつもの温かい食卓が、今日はしんみりとした雰囲気になってしまう。
「どんな仕事なんだ?」
今まで黙っていた旦那さんが、静かに声を出した。
「居酒屋なんですが、そんなに大きな店でもなく店主の旦那さんも良い人ですし、奥さんが出産されるのでその代わりなんです。時間も二時間だけで、十一時までで日付が変わる前には帰ってくるので、そこまで遅くなることもないんです」
「変な男に絡まれたりしないのかい?」
女将さんが心配そうな顔をする。
「いえ、そこは旦那さんがしっかり目を光らせているので大丈夫です」
「そうかい。それで、なんでヒューが送り迎えしてくれているのかい? もしかして二人は付き合っているのかい?」
女将さんの最後の質問に、キャロルは目を見開く。
「ちっ違います!」
キャロルは、首をブンブン振って全力で否定する。
「女将さんと旦那さんが、私のことを見ておくようにお願いしてくれたから、それでみたいです……。居酒屋からの帰りにばったり会ってしまって……」
「わかった。危険がないのなら、俺たちもうるさくは言わない。無理な時はちゃんと言うんだぞ」
旦那さんが、キャロルと目を合わせて言ってくれた。言ってくれた言葉が温かくて、キャロルに対する心配とか信用が伝わって心に春のような温かさが流れる。
こんな感情を感じたことがないカロリーナが動揺している。嫌ではないことがわかるので、カロリーナと一緒に感動を覚える。
「ありがとうございます。昼間の仕事に迷惑がかからないように、ちゃんとします。これからもよろしくお願いします」
「全く、頑張り過ぎないようにってこの人は言ってんだよ。無理な時は無理って正直に言うんだよ」
「はい」
キャロルを気遣ってくれる言葉が嬉しくて、じーんと胸に響いた。





