第31話 信奉者
「……ようこそ、私たち《魔女信奉者》のお茶会へ」
パーティーの数日後、カタラ伯爵家に届けられた招待状に記載してあった日時に従い、トロヒア侯爵家を訪ねた。
そのわたくしが、メアリ嬢に案内され、中庭に設えられたティーテーブルにつこうとした直前にかけられた言葉がそれだった。
……何を言っているのか。
と言いたくなるような台詞であるが、わたくしとしてはそれほどの驚きはない。
定期的に開かれる貴族令嬢のお茶会において、それに参加するメンバーがある程度固定されている場合に、そのお茶会の……いわゆるグループ名、のようなものをつけることはよくあるからだ。
わたくしも、かつて……アリスとアデライードと、学園でお茶会をよく開いていたから、三人の間で通じる名称がしっかりある。
しかしそれにしても……《魔女信奉者》とは、随分と物騒な名前だ。
わたくしが処刑されるとき、わたくしが魔女呼ばわりされたことからもよく分かることだが、この国アルタスにおいては《魔女》というのは好ましい単語ではない。
その意味は、人と似ているがそれとは大きく異なる存在で、強大な魔力を持ち、悪鬼を従え、国を害し、人を滅ぼす、そのような悪魔のような女を指す言葉なのだから。
……なんだか全てにおいてわたくしに当てはまる気がするが……気のせいだと思いたい。
たとえ不死者として蘇って不死者となり、死霊候と呼ばれるアルを始めとする最強の不死者たちを従え、アルタスを恨み滅ぼしたいと願い、次期国王や次期王妃などこの国をいずれ担うことが予定される者たちを殺し尽くしたい、と考えているのだとしても。
「……《魔女信奉者》とはもの凄い名前をつけましたわね。それは……大丈夫なのですか?」
ティーテーブルの周りに立ってこちらを見つめる、トロヒア侯爵令嬢メアリ、それに彼女のお茶会のメンバーであるのだろう残り二人の少女に対して、わたくしがそう尋ねた。
すると、メアリが言う。
「問題ありませんわ。何せ、トロヒア侯爵家は、あの日以来、《魔女に穢された家》扱いされてきましたから。ウーライリ公爵家のご令嬢をご存じでしょう? 貴女と同じ名前を持つ……」
「……エリカ様ですか」
言われて、表情に出さないようにするのに努力を必要とした。
一瞬、わたくしの正体が露見したのだろうか、と思ったが、そんなわけはない。
実際、メアリが続けた話からもそれが分かる。
「そう、エリカ様。かつての学園における女性と皆の憧れ……。ですけれどあの処刑であの方の名誉は穢されました。我が家も、ウーライリ公爵家とは親しくさせていただいておりましたので、共に貶められたのです」
確かに、トロヒア侯爵家はウーライリ侯爵家とは仲のいい家だった記憶はある。
ただ、平民の家のような、子供が行き来したり頻繁に訪ね合って団らんするような親しさではない。
あくまで、貴族としての家と家の関係が強かった、ということだ。
つまり、我が家の父と、トロヒア侯爵家のお父上とが緊密な関係だった、と。
だからかつてメアリと会った記憶はない。
あの日まで、我が家は……ウーライリ公爵家は、この国でも屈指の大貴族だった。
したがって、そういう仲の良い家というのは、星の数ほどあった。
一つ一つの家の令嬢と定期的に話すような余裕はない……。
学園にでもいれば違ったのだろうが、当時、彼女はいなかった。
年齢的に、去年通い始めたくらいだろう。
「大変でしたのね……ですけど、そういう事情なら、あの方が憎いのでは? メアリ様の家を、間接的に害したのはエリカ様だということになると思いますが?」
「そういう見方も確かにあるでしょう。ですけれど……エリカ様がなされたことは、淑女として正しくあろうとしていただけ。それに対して実際にトロヒア家を貶めたのは、ノドカ嬢です。恨みの全ては、ノドカ嬢に向かうのが道理ですわ」
これもまた、どこかで聞いたような話だ。
ただ、本心で言っているのかどうかは分からない。
ルサルカが紹介したパーティーを主催していた家であるので、十中八九ノドカとは関係ないというか、仲がいいということはまずないだろう、というのは想像できるが。
あまり心配することもないかも知れないが、ある程度の確認は必要だろう。
私は尋ねる。
「……ノドカ殿下は、次期王妃です。そのような方を……それこそ乏しめるような発言をされては……問題になるのでは……?」
「それも、大丈夫です。エリカ様。貴女についてはカタラ伯爵夫人から問題ない、と伺っております。それにこちらの二人も……」
そこで、メアリの横に立ってこちらを好意的な目で見つめていた二人の女性を示した。
一人は美しく透き通った紫水晶のような髪をもった、柔らかな雰囲気の女性。
もう一人は、空のような水色の髪の、少しばかり幼い少女。
「お初にお目にかかります。エリカ様。わたくしは、メイリン・ウェード。ウェード伯爵家のものです」
紫の髪の女性が蠱惑的な声色でそう言った。
続けて、水色の髪の少女が、
「お、お初にお目にかかりますっ! 私は、フーリ・ベネト。ベネト男爵家のものですっ!」
と少しばかり慌てた様子でそういう。
どうもこういう場というか、貴族令嬢同士の空気を読み合った挨拶、みたいなものにはなれていないらしい。
ただ、一生懸命形を整えようとしているその仕草は、どことなく昔の……初めて会った頃のアリスのようで、微笑みを誘う。
「ご挨拶、ありがとうございます。わたくしは、エリカ。エリカ・ラウルスです。ラウルス男爵家の娘になります。どうぞ、よろしくお願いしますね」
対してわたくしは大分、こういったことには慣れている。
その上、誰にも嘗められるわけにはいかなかった生前の立場のせいで、意識せずとも妙な威圧感まで出るようになっていた。
だからだろう、メイリンとフーリはそんなわたくしの挨拶を見て、
「……これは」
「ふわぁ……」
そんな風に目を見開いていた。




