第31話 お誘い
「確かに、わたくしはきっと運が良いのですわ……」
言いながら、色々なことを考える。
貴族に生まれたこと、それなりの魔力を持っていたこと、次期王女として第一王子と婚約したこと、その王子に裏切られ処刑されたこと、死んで終わりだったはずなのにこうして不死者として蘇ったこと、死亡し永遠に会うことが出来ないと思った友人に会えたこと……。
今となってはどれがいいことで、どれが悪いことなのかはっきりと判別できない。
ただ、今のところ、自分の行ってきたこと全てに後悔がない。
それは、悪いことではないのだろう。
そんなことを考えたわたくしの表情を見て、何を思ったのかメアリ嬢は、
「……ふふ。エリカさまは……不思議な方ですわね」
そう言った。
わたくしが首を傾げると、彼女は言う。
「ここだけのお話ですけれど……多くの貴族令嬢は、自分の生まれを運が良いとは言いません。特に子爵や男爵のご令嬢は……」
言葉を途中で切ったが、あぁ、確かにそういう傾向があるなと思ってわたくしは苦笑しつつ頷く。
「もっと上を目指される、と。そうですわね。そのような方が多いですわ。わたくしなどは、人は……自らの与えられたところで精一杯生きるべきと思いますけれど」
そう言ってみたものの、生きていたときは公爵令嬢だったわたくしが言えたことではないだろう。
しかし、そんなことはメアリ嬢には分からない。
ただ、感心したらしく、わたくしに頷きながら、
「わたくしも、同じように思います……。これは、今日ここに来て良かったですわ。とても素敵な人と出会えました……後日、お茶会にお誘いしても?」
意外な提案に驚いて、
「……よろしいのですか? カタラ伯爵夫人はお忙しい方ですから、わたくしが一人でお伺いすることになるかと思いますが……」
それを期待しているのならやめておいた方が良い、という遠回しの忠告だった。
しかしメアリ嬢は首を横に振って、
「カタラ伯爵夫人がわたくしの主催する個人的なお茶会にいらしたら、わたくしのお友達たちは卒倒してしまいますわ。母上はきっとお喜びになられるでしょうけれど……」
「ふふ……確かに、そうかもしれませんね」
これは流石に冗談だろう。
いくら何でもそこまでの衝撃がルサルカにあるというのは……冗談よね?
ちょっと断言はしかねた。
メアリは続ける。
「ですから、わたくしがご招待したいのは、エリカ様。貴女だけですので……ご安心ください。わたくしの友人たちも、気のいい人たちばかりですから」
本当にそうなのかどうかは分からない。
どんな人間であっても、個人的なお茶会に招待するとき、メンバーについて評する場合にはそういう言い方をするだろう。
しかし、メアリ嬢はお茶会に呼ぶ人間をかなり厳選している気配があった。
少なくとも、愚かな令嬢はそこにはいないだろう、というのは想像できる。
この場合の愚か、というのはどんな話をしても理解することなく、自分の考えのみに拘泥し続けるような方のことだ。
貴族令嬢の中にはそういう者も少なくない。
わたくしはどうかといえば……公爵令嬢だったときは可能な限り、人の意見に耳を傾けてきたつもりだが、今はあの頃と比べて遙かに愚かになっただろう。
わたくしの求めるものは、あの女たちに対する復讐だけ。
それを止める者があっても、決して耳を貸すことはないのだから。
とはいえ、まさかメアリ嬢やその友人たちがそんなことをお茶会の場で言ってくるわけもない。
わたくしの目的を知っているのは、わたくしと、不死者の皆だけなのだから。
だからわたくしは安心してメアリ嬢に返答した。
「でしたら、ぜひ、よろしくお願いします」
「もちろん。では、招待状は、ラウルス男爵家宛にお送りすれば……?」
「あぁ、それでしたら、カタラ伯爵家にお願いできますでしょうか」
「あら……それはどうして……?」
「おそらく、今日のパーティーに出席したことで、カタラ伯爵夫人目当てのお茶会の誘いが増えるだろうから、しばらくはカタラ伯爵家でわたくし宛の招待状を捌いてくださるとのお話があって……。わたくしの家に送っても、すべて一度カタラ伯爵家に引き渡されるものですから、その方が早くて面倒がないですわ」
「……なるほど。確かに……そういう気配はありますね」
周囲の貴族たちをちらりと見て、メアリは納得したらしい。
さりげない視線だが、ずっとわたくしを観察しているものはかなり多い。
もちろん、わたくし目当てではなく、ルサルカ目当てだ。
多少煩わしいが……そのうちこういう視線も減っていくだろう。
これからルサルカはいくつものパーティーを渡り歩くと言っていた。
わたくしもカルガモのようにくっついていく予定だが、ルサルカ本人と繋がれる機会が沢山あると分かれば、わざわざわたくしを通そうとする者も減る。
それでもゼロにはならないだろうが……ここまであからさまなものはなくなるだろう。
それから、わたくしとメアリ嬢はしばらく雑談し、別れた。
やはり、というべきか、それを待っていたかのように貴婦人や貴族令嬢、それに男性方にも話しかけられたが、昔、こういったパーティーでどのように振る舞っていたかを思い出しつつあり、それほどの労力をかけずに捌けたと思う。
むしろわたくしよりもメアリ嬢の方が大変そうだった。
想像通り、彼女はわたくしにルサルカのことについて情報を得るために他の令嬢にせっつかれたようで、わたくしから距離が離れると同時に、多くの令嬢から色々と質問攻めにあっているようだった。
普通ならとてもではないが聞こえるような距離ではないのだが、わたくしはこの不死者の体になって耳も相当に良くなったようで、はっきりと聞こえてしまった。
メアリは概ね、ルサルカに好意的な情報を令嬢たちに伝え、またわたくしに関しても普通の令嬢だという話をしていた。
本当にそう思っているから、というよりはわたくしがこういったパーティーを荒らして、他の令嬢たちに不利益なことをするようなタイプではないという安心を与えているのだろう。
メアリ嬢の情報に貴族令嬢たちは感謝し、そして散っていった。
その後、わたくしに話しかけてくる令嬢たちの態度は穏やかなものになったので、わたくしはこれ幸いと、演劇の宣伝を軽く行うことが出来たのだった。




