86話 魔獣なき理由
奥へ奥へと沼地を進む。少し意外だったのは魔獣があまりでてこないこと。不自然なくらいに魔獣の姿が見えない。
「おかしいのです……読みでは魔獣だらけのはずだったのですが……」
「そうだよね? なんでこんなに安全に進めているんだろう……」
1番意外に思っているのは数々のクエストをこなしてきたユリアンとロマン。やっぱりこの状況は普通ではないということよね。
「何か不測の事態が起こるかもしれないわね。魔獣が出でこないからこそ注意して進みましょうか」
「そうですね……逆に不気味ですし」
とはいえ特に変わった行動をとれるわけではない。心理的な緊張を増すことくらいしか今はできないわね。
そのまま約1時間、ひたすらに歩き続けても魔獣の気配はなかった。もしかして……
「クエスト選び、失敗したかもしれないわね」
「そ、それだとしたら申し訳ないのです……」
「ごめんなさい……」
しまった……不用意な発言でユリアンとロマンがしょんぼりしてしまったわ。
「ま、まぁお花のところまで行かないと何が起こるかわかりませんからね。引き続き警戒していくわよ!」
「「「はい!!!」」」
はぁ……なんだか疲れますわね。ただ沼地を歩くだけでこんなにもストレスになるだなんて。みんなはこれにプラスして臭いもキツイのだから大変よ。
結局魔獣は現れることなく、ユリアンとロマンが持つクエストの指示書にある花の生息地にたどり着いてしまいましたわ。
「えっーと……あ! 花なのです!」
「どこに……あ! 本当だ!」
ユリアンとロマンが花を見つけて大はしゃぎ。どれどれ、……あぁ、神秘の花というからどんな花かと思えば蓮の花じゃない。泥の中でも綺麗に咲く花。まぁたしかに神秘性は感じるわね。
「綺麗ですね〜」
「こんな美しい花、初めて見ました!」
「神秘的なのです!」
柚子もユリアンもロマンも大盛り上がり。女の子だものね、比較的花は好きな部類に入るでしょう。
「ユリアンとロマンは蓮の花を見るのは初めてなの?」
「蓮の花……と言うのですか?」
「はい。初めてみました!」
まぁこの世界では神秘の花と言われているくらいだものね。
「ではいただいていきましょうか」
「「「はい!!!」」」
蓮の花を少しばかりいただくことに。もちろんすべて持って帰ったりする悪行は働いたりしないわよ。
「えへへ〜ロマンに似合うのです♪」
「ユリアン……! ありがとう」
ロマンの顔の横に蓮の花を並べてデレデレするユリアン。何を尊いことをやっているのよ……
「アリス様〜! 似合いますか?」
柚子が執事服のポケットに蓮の花を刺して飾っていた。
「似合うけれど花が目立ちすぎね。それだと柚子の良さは生まれていないわよ」
「むぅ……難しいですね……」
柚子は元から綺麗なのだからいいじゃない……って言えないところがわたくしのよくないところですわね。もっともっと勇気を持って言葉を紡げる人になりたいですわね……。
「それで? 魔獣はまったく現れないじゃない」
『今んとこあの木に張り付いていた虫だけだったよね〜』
『くっ……柚子の胸は揉めそうにないか……』
「誰が揉ませるって言った!?」
ミミちゃんアマちゃんも期待外れだったようでつまらなさそうね。
……本当に魔獣が出てこないのはたまたまかしら。何か……何かが引っかかるわ。こんな推測……例えばここにいた魔獣を何者かが倒しきったという可能性。木に張り付いていた虫は見落としたとして、他の魔獣は倒しきった……という可能性だってあるわよね。その理由は……わたくし達がミミちゃんアマちゃんの力に慣れるのを防ぐため。
「ということは……まさか!」
「気がついたか、女」
ぞくっと背筋が凍る感覚を覚える。声の出所は上……恐る恐る首を上に向けると……
「報告通りのキレ者だな」
【魔導士】とは正反対の黒い肌に逆立った髪。知性を感じさせる眼鏡も身につけた男が沼地の木の上に立っていた。
「あなたが……【魔弾】かしら?」
「あぁ。お前が【魔龍】と【魔導士】……それから【魔蛇】と【魔人】を殺した女だな?」
正確には【魔導士】を倒したのはわたくしではないのだけれど……話の腰を折る流れではないわね。
「……そうよ」
「そうか。ならば……消すのみだ」
『おおっ! アリスちゃんピンチ?』
……ミミちゃんが緊張感をぶち壊してくるわね。まぁ別にいいのだけれど、空気を読んで欲しいわね……
重く深い【魔弾】の声と、軽いミミちゃんの声が対比しているようで……温度差で風邪をひきそうだわ。
「忌々しい神も味方につけたか。が、俺の敵ではないな」
「ずいぶんな自信家ね。わたくしの仲間は強いわよ?」
「……優秀な個に有象無象で勝てると思うなよ」
へぇ、わたくしの仲間を有象無象扱いしますか。怒りそうになるところをグッと我慢する。それはユリアンやロマン、柚子たちも同じようで口を挟むことはしなかった。
「ここにいた魔獣を倒したのはあなたかしら?」
「そうだ。そういう使命を受けたのでな」
やはり……読みが当たったわね。でも気がつくのが少し遅かった……もう少し早くに気がつくことができたならもっと上手く立ち回れて有利な状況を作れたかもしれないというのに。
……と、反省している時間はないわね。今はただ……【魔弾】の対処に動くのみ。
「さて……もう1つの使命だ。お前たちを……排除する」
【魔弾】が拳銃を取り出す。まさか異世界にてそんなものを見ることになるとはね。
「みんな! あれは飛び道具よ。気をつけなさい!」
「「「はい!!!」」」
「ほう……この神器を知っているか。なら……喰らえ」
ドンッ! と発砲音が響く。弾丸はわたくしの真横を通り過ぎて沼地に着弾した。レベル100ともなると弾丸の軌道も見えるのね。新発見だわ。
「なぜ狙わなかったのかしら? それとも狙ったけどただ下手だったのかしら?」
「開戦の合図、というやつだ」
そう言って【魔弾】はニヤリと笑った。




