32話 領主様ですわよ
本人に届いていない愛の告白をした夜から約7時間。朝ですわね。
「柚子。起きるわよ」
「んん……はぁい。おはようございます」
深い睡眠だったようでかなり寝ぼけているわね。これはわたくしが朝ごはんの支度をしましょうか。
昨日の晩御飯と似たようなメニューにはなるけれどやはりお味噌汁は心に染みるからいつ飲んでもいいわね。
「「ごちそうさまでした」」
ものの15分で食べ終わり支度をする。今日は領主に会うのだから気合いを入れないとね。冷たい湧き水で顔を洗って出発よ!
10分ほど空を飛び、【イリス】の街へ。昨日の間に人目の少なそうなところを探していたからすぐに降りる位置を決めることができた。
「ユリアン、ロマン。おはよう」
「「おはようございます、アリス様!」」
2人が元気にあいさつを返してくれる。うんうん、朝から元気でいいわね。癒されますわ。
時計はないけれど、おそらく今は朝の9時前後。そろそろ領主邸に向かうべきね。
「……あれ? 柚子さんはどうしたんですか?」
ロマンがすぐに柚子の不在に気がつく。まぁもう少しで帰ってくるでしょう。
「アリス様! お待たせしました!」
と思っていたらピッタリだったわね。息ピッタリ……まるで恋人みたいじゃないかしら?
「お疲れ様。見つけたかしら?」
「はい。この道をまっすぐ行って、左手にある塔のような建物が見えますよね? あれが領主邸でした!」
あぁ。たしかにこの街に来てから不自然に目立つとは思っていたけれどアレが領主邸だったのね。わかりやすくて良かったわ。それに近いですし。
「では少し早いけれど向かいましょうか。きっと手続きで手間取るでしょうし」
「はい!」
今回はユリアンとロマンも同行させる。わたくしがどういうことをするか、見ておくべきだと考えたからよ。もしこれで引くようでしたらパーティは解散した方がいいかもしれないわね。
それと、今回は柚子による奇襲は行なっていない。理由は2つ。まず1つ目は正規に会う約束をしているから。これで刺客を送り込むのは卑怯だわ。2つ目はあの領主さんが本物か確定していないから。もし領主室に柚子を送り込んで丸め込んでこいと命じてもあの子が領主じゃなかったらどう対応すればいいかわからないもの。特に複数人部屋にいた場合にね。
だから今回はわたくし自らが領主を丸め込むこととするわ。
十数分歩いたところで領主邸である塔に到着する。当然警備は厚く、近づいたわたくしたちは警戒される。警備の内の1人がこちらに近づいてきた。怯えるユリアンのロマンが見えたけれどすぐにフォローできる状況じゃないわね。
「おい。何の用だ」
ずいぶんと高圧的な態度。柚子が飛びかかろうかというほど気を逆立てているのがわかるけど右手で静止させる。ここで揉め事を起こしていいことなんて1つもないわ。
「ごめんあそばせ。わたくし、冒険者のアリスと申します。この時間に領主様と面会のお約束をしましたので中に入れていただけませんか?」
冒険者カードには記載されていないけれど、わたくしにはもう一つスキルがある。≪作り笑い≫よ。
「あっ は、はい」
ほぅら。こんなに怖い警備の方もすぐに腰砕け。自分の武器を理解しているわたくしのみにできる技ね。逆に柚子にやられたらわたくしなどひとたまりもないけどね。
するりするりと領主室へと案内してくれる警備の方々。まぁ平和な【イリス】だからこうなのでしょうけどこれでいいのかしら……。ハニートラップに弱すぎませんこと?
コンコンコンと扉をノックする。
「なんじゃ? 入れ」
昨日の少女の声。どうやら領主だというのは嘘ではなかったようね。
「失礼いたします。本日はお時間を割いていただき、どうもありがとうございます」
「……なんじゃお主は。ここは勝手に入って良いところではないぞ」
「……へ?」
何を言っているのかしらこの人。もしやとは思いますが……
「あの……昨日わたくしと出会ったことはお忘れですか?」
「んあ? 何の話じゃ? 妾はお主なぞ知らぬぞ」
これは参ったわ……「本物のバカ」は1番手に負えない相手なのよ。それも昨日のことを忘れるほどの正真正銘のバカは! ……あらやだ、言葉が汚いわよ、アリス。
「昨日マジックアイテムのお店でお会いする約束を結ばれたではありませんか」
「んー……そんなことがあったよーな、なかったよーな」
……だめね。今すぐにでも『ライトニング』くらいの魔法でこの部屋を吹き飛ばしてしまいたいわ……。
「まぁよいわ! それで? なんの話じゃ?」
あら話は聞いてくれるのね。まぁそれならいいわ。
「単刀直入に言うと、この街の自治権をわたくしに委ねて欲しいのよ。もちろん領主はあなたのまま。わたくしに裏からこの【イリス】の街を支配させていただけませんこと?」
この要求に驚いたのは領主ではなく、ユリアンとロマン。一体何を言っているのかという表情でわたくしの横顔を見ている。
むろん、わたくしと柚子は大真面目。
「ふむ……ん? 何が言いたいんじゃお主は」
理解していない。というわけではないようね。理解はした上で、目が点になっているだけのようだわ。
「ですから貴女には今後とも領主として腰を据え続けていただきます。ただ……何か重要な決定をする際にわたくしを通すようにしていただきたいのです。ご理解いただけますか?」
「そんな要求を、妾が首を縦に振ると思うか?」
当然、思っていないわよ。縦に振らぬなら、振らせてみせよう権力者。わたくしのやり方で賛同せざる得ないのが1番ですわ。
「領主様に見ていただきたいものがございますの。わたくしこれでも冒険者でしてね」
取り出したのは冒険者カード。【魔蛇】を倒したと知ればこの領主だとしてもすぐに領地を明け渡すでしょう。
「ふむ……ぬ? 【魔蛇】、討伐じゃと!?」
一応個人レベルやスキル・魔法については偽装・工作はしている。さぁ、これですぐに領地を明け渡してくれるとありがたいのだけれど。
「ふ、ふん! 大したことではないな! お主が倒していなければ、妾が倒していたところよ!」
あら……ずいぶん虚勢を張るのね。そんなに権力者であり続けたいのかしら。
「それに強いことだけが領主の役目ではない! お主には頭脳が! 品格が足りぬわ!」
「あらあら……頭脳が足りないか、品格が足りないか……試してみます?」
薄ら笑いとともに眼力を強める。領主は小さく「ヒッ」と声を漏らして一歩退いた。もう一押しくらいですかね?
「そうそう、【アイン】の街の領主様はすぐにわたくしに領地を明け渡していただけましたわよ。……理由はおわかりですわね?」
「うっ……」
おそらく【アイン】の街の領主のクズ息子の名前はこの街にも広まっているはず。レベル22をもっても抵抗できず、【魔蛇】すら倒してしまう者。そんな者に、勝てるわけないと植え付ける。
「わ……」
あら。案外素直に行きましたね。
「妾と決闘じゃ!」
「……はい?」
決闘といいました!? このわたくしと!? 【魔蛇】を倒したわたくしと!?
「妾かて領主の業務ばかりしておるわけではない! クエストにだって行く半冒険者じゃ! レベルだって27! 貴様ごときけちょんけちょんにしてやるわ!」
レベル27……思っていたより強いのね。あまりに油断しすぎたわ。
「あまり物騒なことはしたくないのですが」
「なんじゃ! 怖気付いたか!」
安い挑発ね……。でも……
「なんですって!? いいわ! 受けて立ちましょう!」
「「あ、アリス様……?」」
あえて受けて立つフリを致しましょう。こうして徹底的に叩きのめせば、大口叩いた分引けなくなってわたくしの思い通りになるでしょうしね。




