110話 旅立ち
勇気を出して重ねた唇だもの。数秒で離したりなんかしたらもったいないでしょう? だからわたくしが満足するまでキスは続けさせてもらうわよ。
「ん、んんっ!」
柚子は驚いているのか嫌がっているのかわからないけど足をジタバタさせている。決してわたくしを蹴ったりはしないけれど。
唇を重ねてから……何秒たったころでしょう。わたくしはある程度満足して唇を離した。本当はもっとしたいけれど、それはまたの機会にとっておくわ。
「何……を……」
目をパチパチさせて混乱している様子の柚子。うん、狙い通り柚子を混乱させられたわね。
「わたくしは伝えたわよ、柚子。貴女が好きだって。答えを貰えるかしら?」
「それは……好きに決まっているでしょう! 好きだからこんなことをしているんです!」
力強く、半ば怒るように叫ぶ柚子。
まぁそうでしょうね。そうでなかったら怖いくらいよ。
「わたくしはずっと、想いを伝えるのは柚子からであるべきだと思っていたわ。使用人である立場の柚子と、主人のわたくしが恋をするなど許されない。まして主人から想いを伝えるだなんてご法度だとすら思っていたわ」
「アリス様……私だって使用人の立場から伝えるのはご法度だと……」
「わたくしは今、その信念を曲げたわ。自分から想いを伝えた。さぁ柚子、もしわたくしの横にいたいのなら今度は貴女の番よ」
ここからは、わたくしのターン。悪いけれど柚子、もうわたくしの勝ちは決定的ですわよ。
「私の……番?」
「えぇ。貴女が信念を曲げる番よ。柚子、わたくしは日本に帰るわ。日本を、世界をより良い方へと導く義務があるもの。柚子はわたくしの隣にこの異世界で立っていたいのでしょう? そこを曲げなさい。貴女は日本で、わたくしの横に立つのよ。それができないと言うのなら……貴女とはここでお別れよ」
「……そんなの……ズルいですよ、アリス様……」
「そうよ、わたくしはズルい女なの。欲しいものは全部貰うわ。貴女も含めてね」
わたくしは絶対に負けない。わたくしは絶対に大きくは折れない。自分の1番大事とする信念を貫くためになら、それ以外を犠牲にしてもいい。さぁ、どうするの、柚子!
「……仕方ない人ですね、アリス様は」
涙を流しながら、柚子は顔を上げた。その顔は泣いているのに、今まで見てきた柚子の顔の中で1番綺麗に見えた。それは……何ででしょうね。
「私の1番の信念はアリス様の横にいること。どの世界か、は2番目です。だから……わかりました。曲げましょう。アリス様を信じます。例え幾億もの政敵が現れようと、アリス様なら勝てると、信じます」
柚子がついに……折れた。わたくしの、勝ちね。
「さて、帰りましょうか。日本へ!」
「その前にやることがありますよね? アリス様」
「……そうね、わたくしでもお世話になった者たちに一言も交わさずに帰ることは許されないわよね。小恥ずかしいけれど……行きましょうか、ユリアン、ロマンの元へ」
「はい!」
そう答える柚子の顔は……最高の笑顔だった。
柚子を抱えて飛翔! いつもとは逆方向に飛んでいけば大陸の北端に出るはずよね?
思っていた通り先ほどまでいた大陸に戻ってきた。さて、ユリアン、ロマンとエデンさんにルカさん、ラファエルさんはどうなったかしら?
少し飛んだところで5つの人影が見えてきた。どうやら心配いらなかったようね。
「おーい!」
柚子が大声で人影に向かって叫ぶ。
「アリス様と柚子さんなのです!」
「ということは……勝ったんですね!」
ユリアンとロマンが目を輝かせながらわたくし達を見上げていた。さぁ、降りましょうか。別れの時よ。
「ユリアン、ロマン。よく頑張ったわね。それとエデンさんとルカさんは……大丈夫ですか?」
明らかにこの2人は重傷を負っている。特にエデンさんは血まみれですわ。
「応急処置はしています。命に別状はありません」
それなら良かったですわ。この後の世界を引っ張っていくのは間違いなくこのエデンさんでしょうから。
「アリス様! 魔王はどんな奴だったのです?」
「あ、それ気になります!」
目を輝かせながら尋ねてくるユリアンとロマン。チラッと柚子の方を見ると少し気まずそうな、バツの悪そうな顔をしている。ここは……
「わたくしと柚子だけの秘密ですわ」
「「えー!」」
「アリス様……」
こう答えておきましょうか。柚子が魔王であると言ったら混乱させてしまいそうだものね。
「さて、わたくし達は帰りますわ」
「はい! 明日はどこに行きますか?」
そう尋ねたのはロマン。わたくし達が島に帰ると思っているのでしょうね。……でも、何かを察してか少しだけ顔に影が見える。
わたくしは中腰の姿勢になって2人と目線を合わせる。
「……ユリアン、ロマン、よく聴きなさい」
「「は、はい……」」
「わたくしはいるべき場所、日本に帰るわ」
そう告げた瞬間、2人は今にも泣きそうな顔になった。それを見てこちらもつられて泣きそうになる。
「そんな顔しないでちょうだい。わたくしは日本をより良い国にしますわ。貴女たちはこの世界を、もっともっと素晴らしい世界になさい。貴女たちのおかげでこの世界を好きになれたわ。ありがとうユリアン、ロマン。大好きよ」
そう告げて2人を抱き寄せる。2人はもう泣いていたけどわたくしは泣かない。強くある姿を証明するため、泣くわけにはいかないわ。
「じゃあね、2人とも。これからも一連托生で、仲良く生きなさい」
「はい……はい!」
「ありがとう……ございました……」
涙を流しながら言葉を紡ぐユリアンとロマン。
「エデンさん、ルカさん、ラファエルさん、お世話になりました。こちらの世界をお任せしますわ」
「えぇ、誓いましょう。人々を守り続けると」
「私はエデンの側にいます」
「短い間でしたが、感謝します。アリス殿、柚子殿」
【白百合騎士団】のトップ3への挨拶も終え、いよいよ帰る時がやってきた。
「柚子、貴女もユリアンとロマンにひと言伝えていきなさい」
「はい! ユリアンちゃん、ロマンちゃん。2人と冒険できて楽しかったよ。私も2人が大好き。ずっと元気でいてね」
そういって柚子は2人を抱きしめる。3人で固まって泣く姿にわたくしも泣きそうになるのを堪えるのに必死ですわ。
「じゃあ柚子、お願いできるかしら」
「……はい。『魔王権限:ゲート』」
柚子の魔法発動によってゲートが開かれる。この中に入れば帰れるのね、日本に。
「それではみんな、帰りますわね。ありがとう」
最後の言葉は「ありがとう」。これで十分ですわ。
振り返らずに一歩を踏み出し、ゲートへ。
ゲートの中は暗い一本道のようでなんだかふわふわしたような不思議な感覚に陥る。
「柚子、いつの間にこんな魔法を覚えたの? 日本で覚えていたのかしら?」
最後に残った大きな謎。なぜ柚子は魔法を使えるのか、というもの。転移システムという機械は転移者を受け入れるシステムなのであって転移させるための機械ではない。それならどうやってわたくしを異世界へ送り込んだのかしら。
「あぁ……私、名字は「土御門」っていうんですよ。その……向こうにもあるんです。魔法に似たものが」
「土御門……なるほどね。安倍晴明の末裔だったわけ、と」
魔法……というより術に近いのかしら? あまり詳しくはないけれど。
最後に残っていた疑問も解決し、スッキリとした気持ちで帰れますわね。
「さぁ、3年と少しぶりの日本ですわ!」
ここは終わりではない。ここから始まるのよ。わたくしの……日本の攻略記が!
次回、最終回




