73・作戦開始です!
(この作戦が成功すれば、セルディさまの体調も良くなるはずです。もしかすると、長年患っていた動物アレルギーだって治るかもしれません! セルディさまも目が痒くならないのなら、好きな動物と一緒に暮らすことができるようになります! 私はすでに、色々な動物さん候補が浮かんでいます!)
エレファナは一刻も早くセルディの元へ戻って、その話をしたくなった。
肌にまとわりつくような不快な気配が迫ってきても、ひるまず急降下する。
(なるほど。ドルフ皇帝が魔獣に近い存在になっているとしても……。私の中にいる精霊さんの加護だけでは消しきれないほどの禍々しさです)
近づけば近づくほど、皇帝が不完全な研究道具によって自分の魂を削り、朽ちかけていることを感じる。
しかし彼自身が死期を悟っていたとしても、生き永らえる執着を手放せるとは思えなかった。
(その欲望がきっと、セルディさまを助けられる鍵になります。『深く考えず、確認せず、どうぞよろしくお願いいたします!』作戦開始です!)
丈の短い草地を風の渦で円形に倒しつつ、エレファナはその中心に降り立つ。
闇の中に、なにかがうごめいていた。
その場所だけが、自ら闇を放っているかのように、黒々と視界を塗りつぶしている。
「お久しぶりです。ドルフ皇帝」
赤く不吉に光る二つの瞳孔が、現れた生贄を見て喜んでいた。
『マッテイタゾ……エレフぁナ』
「はい。あなたは自分をうち滅ぼして栄えている王国を滅ぼすため、そして失われつつある魂に力を呼び戻すため……私の命が欲しいのですよね」
『ホしィナア』
「でも王城にいる人々を襲おうとしたり、私を呼び出すように命じて、枷のあるセルディさまを苦しめるのは困ります」
エレファナが訴えると、無気味な笑い声が漏れる。
『サぁ、ココヘ』
(相変わらず自分のことしか、考えていないようです。とても都合がいいです)
エレファナは恐れる様子もなく、闇の濃い場所へと歩み出る。
『ォマエの、イのチヲ……』
「私はもう、あなたに従うことはありません」
エレファナはさらりと拒絶した。
そして魔女らしい笑みを浮かべ、視界の閉ざされた闇へ手を伸ばす。
「だからどうしても欲しいのなら、私を蹂躙すればいいのです」
その言葉の響きが気に入ったのか、ケタケタと気味の悪い哄笑が起こる。
あたりの気配が変わった。
ざわざわと草木が揺れ、エレファナを取り囲むように冷たい風が巻き立った。
『ワレニ、サさゲョ』
肘から上が失われた不気味な黒い手の影が、夜の平原に一段と濃く浮いている。
(服従の枷を壊すことは困難ですが、転術ですからおそらく……来ました)
ドルフ皇帝だった影の腕を中心に、空間が禍々しく歪みはじめた。
その薬指が鮮血の色に揺らぎ、見覚えのある紋様の枷が浮き上がる。
エレファナの指輪の下に隠されている枷からも、逆らえば全身を苛む服従の指示が、びりびりと送られてくる。
(セルディさまでしたら、私にこんなことはしません。今の枷の相手は間違いなくドルフ皇帝……。上手くいったようです!)




