66・満たされない者の行方
(セルディの奴、どんな父親かも分からないような血筋のくせに!)
赤く冴える月夜の下、フロリアンは苛立ちに目を血走らせながら、人の寄り付かない城の裏手をひとり歩いていた。
(父上も母上も、なにか理由があって仕方なしに引き取ったようなことを漏らしていたから、俺はずっと我慢していたんだ。だけどそのせいで、いつもセルディばかりが注目されていた!!)
フロリアンは養子としてやってきたセルディを一目見た瞬間から、自分の立場が揺るがされる予感を嗅ぎ取っていた。
(俺の勘は当たっていた。使用人も家庭教師も来客者も女の子も、みんなセルディばかりに注目して、俺はのけ者にされたも同然だった!! どうせあいつが俺の悪口を言いふらしてたんだろう)
そう思い込んだフロリアンはセルディに面倒を押し付けてはこき使ったり、ときには親をそそのかして危険な兵役に送り込んだこともある。
しかしセルディは表情ひとつ変えずにそれを受け入れ、いつも信じられないような成果を持ち帰ってきた。
(そうだ。あいつは自分で武勲を立てたり、王族や他国の貴族のつても自分で作った。卒業するときの成績だって……)
父と母はフロリアンをかわいがり、あからさまにセルディと差をつけてくれた。
しかしセルディが自分には出来ないようなことを淡々とこなすたび、フロリアンは「お前には無理だ」と言われているようで不愉快だった。
(ふん……どうせあいつは褒められたり憧れられたりしたくて、ズルをしているのだろう。それなのに俺があの魔女を欲しいと言っても引き渡さないなんて、どう考えても強欲過ぎる!)
フロリアンは片手に握りしめていた歪な金属の塊を、夜に沈んだ黒い地面に投げつける。
(みんなに俺のすごさを思い知らせてやりたい! もしも本当にこれがドルフ帝国時代の遺物なら……)
それはあまり褒められた場所ではないところに出入りしているフロリアンが、怪しげな売人からいわくつきの話──かつてドルフ皇帝は獣に精霊や奴隷、あらゆる命を犠牲にして不老不死の肉体を研究させ、死の直前まで生きながらえようと執着していた──を聞いて興味をそそられ、親に内緒で金を持ち出し、買い取ったものだった。
(もし売人の言う通り、さっきの醜い塊が本物のドルフ帝国の遺物なら……。投げつけて刺激を与えた俺もなにか特別な力を得られるだろう。夜会にはセルディを気に入っている王族や貴族や若い女たち、それにあの恐ろしい力を持った魔女だって来ている。俺がセルディより優れていることを人々に見せつけてやるにはちょうどいい機会だ。そうすればみんな、俺を見る目が変わる……そうに決まっている!)
フロリアンは高揚に震えながら下品な笑みを浮かべ、夜に紛れて不確かな足元を睨みつける。
やがて小さく舌打ちをした。
(ふん、なにも起こらないじゃないか。適当なこと言いやがって、あの売人)
そのとき黒々とした闇からなにかが突き上がる。
そしてフロリアンの首をぐいとわし掴んだ。




