59・それぞれに言い分があるようです
「エレファナ、ここにいたのか……待たせてしまったな。慣れずに悪酔いしてしまった方がいて、遅くなってしまった」
「あっ、セルディさま。私の方こそ、そちらの女性たちの様子が気になって、少し移動してしまいました。悪酔いされた方は大丈夫ですか?」
「ああ。今は休ませてもらっている。しかしこんなときにそばにいなくて、すまなかったな」
セルディはエレファナの腰に手を回してやさしく引き寄せると、自然と頬に口づける。
その甘やかな振る舞いを見て、令嬢たちは王都で流行りのロマンス劇の一場面を見ているように、うっとりと頬を染めて息をのんだ。
フロリアンは今までのセルディからは想像もできない態度に驚いたのか、目を剥いて唖然としている。
セルディはフロリアンに、淡々とした眼差しを投げかけた。
「フロリアンさま、お久しぶりです。しかしもう私には関わりたくないと通告されていたはずですが……私の妻になにか?」
セルディがエレファナを守るように離さず、令嬢たちから憧れの眼差しを向けられているのに気づいて、フロリアンは非難するように声を荒げた。
「なっ、なんのつもりだ!! 俺はただ、彼女に挨拶をしていただけだ! それだけだというのに、ひどい侮辱を受けていたんだぞ!!」
「それは……妻が一体なにをしたのでしょうか」
「俺がせっかく妻にしてやろうと思っていたのに! 酷い難癖をつけられて、挙句に食べ方が悪いと非常識に罵られた! そうだ、彼女は以前から非常識だったのを覚えているぞ! 俺が魔導詠唱を失敗して自分の尻をごうごうと燃やして火傷をしたのは、その魔女のせいに決まっている!!」
辺りは一瞬、しんと静まりかえったような妙な気配が流れる。
そうしてはじめて、フロリアンは先ほどまで大人しそうに見えた令嬢たちが、ひどく刺々しい眼差しで自分を睨んでいることに気づいた。
「非常識なのはあなたよ。詠唱を失敗して自分に降りかかってくるのは、自らの技量不足なのでしょう? なぜ彼女のせいにしているのかしら」
「それに食事作法も、信じられないわ。従者を従える身分だというのに、不法侵入した先で獣のように舐めて食べているなんて」
「なにより夫がいる相手だと知って、この場であんな恥ずかしい口説き方をしていたの? 食べ方も考え方も女性関係も下品だし見苦しいし、はしたないわ!!」
大人しそうだった令嬢たちが一変、凍てつくような冷ややかさで、フロリアンを侮蔑の眼差しを注いだ。
フロリアンは言い返そうとしたが、全て図星のためかなにも言葉がでてこない。
令嬢たちの告発を聞いて、エレファナを抱き寄せるセルディの手に力がこもった。
「フロリアンさま、私のことはなにを言っても構いませんが……今後、あなたに私の妻へ近づかれるつもりは毛頭ありません。万が一そのようなことが起これば、手段は問わず対応します。ご理解ください」
淡々と、しかし有無を言わせないセルディの迫力に、フロリアンは妙な汗を流しながら張った声が裏返る。
「お、お前はずいぶん偉くなったと勘違いしているようだな! みなしごだったところを俺の家に拾われたおかげでこき使われて……。いや、お前は俺たちの役に立てて幸せに暮らしていたくせに! それを忘れて兄である俺によくも……よくもそんなことを言いやがって!」
「私が守ると決めたのはあなたではなく、妻ですから」
話は終わりだと示すように、セルディはエレファナに苺と生クリームの艶めくタルトがのった皿を渡す。
(あっ、そうでした! 一緒に食べようと思っていた苺のタルトがやって来ました!!)
それを見て、令嬢たちは小さな歓声を上げた。
そしてフロリアンを相手にしているときとは違い、うきうきとした様子で話しかけてくる。
「まぁ、なんておいしそうなのかしら!」
「苺のジュレがジュエリーみたいにつやつやで、とっても綺麗!」
「それにタルトの生地も本当にいい匂いがして、ついお腹が空いてしまったわ。私も食べようかしら」
(みなさんもこのタルトが気になっているのですね、私もです!!)
楽しげな会話から自然と締め出されたフロリアンは顔を赤く歪めたまま、逃げ出すようにその場を去る。
しかし令嬢たちはもうフロリアンのことは忘れた様子でエレファナに向き合うと、深々と礼をした。
「黒銀の騎士さまの奥さまだったのですね、驚きました! そしてありがとうございました!!」
「あの人に変な話をされていて困っていた私たちを、助けに来てくれたのですよね?」
「二人ともとってもお似合いで、憧れます!!」




