44・それは秘密です
男たちが喜んでいると、その背後からフロリアンと呼ばれていた貴族風の男が歩み出て、エレファナの前に立った。
(この方がブルーベリーを食べたがっていたフロリアンさまですね。なるほど、お口に色がついています……やはり舐めたのでしょうか? おいしいですけれど、食べ方はセルディさまよりずっとお行儀が悪そうです。そして領主さまに……セルディさまに会いにいらしたのですよね。ドルフ領に来客なんて、私が来てからはじめてのことです!)
エレファナがにこにこ見つめると、フロリアンは訝るように眉を寄せる。
「そこの木をセルディからもらっただと? あの冷酷な男から?」
「はい、もらいました。セルディさまはやさしくて親切です」
「……なんだと?」
「セルディさまはやさしくて親切です。いつもおいしいものを食べさせてくれます。体が動かなかったら支えてくれますし、私が退屈しないようにお話を聞かせてくれたり、体力をつけるために散歩も一緒に行ってくれます。眠れなかったら添い寝をしてくれたり、つらいときは背中を撫でてくれますし、不安になったら抱きしめてくれるので、とてもほかほかするのです! それにこの間は私に選ばせてくれた服飾品が、たくさん届きました!! 毎日色々なことを教わって、私はセルディさまと過ごすことが本当に楽しくて……あ」
エレファナは話しているうちに思い出すあれこれで、どんどん気持ちも上がってきたのだが、このままではいつ終わるかわからないため、ここら辺で口を閉じることにする。
(セルディさまがやさしくて親切だということ、伝わったでしょうか?)
満たされた様子で微笑んでいるエレファナを前に、フロリアンは気味の悪い話を聞いたように顔を歪めた。
「その世話好きで包容力に満ちた愛情深い男は一体誰だ……? 俺はあの血の通わないような、冷ややかな男の話をしているんだぞ」
「? セルディさまは体温が高い方だと思います。ほかほかします」
そのときふたりの間にさっとバートが滑り込んで、フロリアンからエレファナの姿を遮った。
そして形式的に礼をする。
「これはフロリアンさま。ドルフ領へようこそおいでくださいました。申し訳ございませんが、領主は現在砦の警護に出ております」
フロリアンは面白くなさそうにふんと鼻を鳴らした。
「だからどうした。俺がはじめて、こんな田舎のドルフ領に来てやったんだ。兄が来たと呼びつければいいだろう。近ごろはこの領が豊かになっていて、最近は警護も暇なようじゃないか」
「しかし主は、ドルフ領の守護を国王陛下に拝命されております。領主に確認をとり、後日改めてご連絡を差し上げ、」
「バート、この俺に指図するようになるなんて、お前もずいぶん偉くなったなぁ」
(そうです。バートはとても偉いのです。毎日忙しくても、時間を見つけては魔導書を読んだり、誰にも言わず剣技の鍛錬もしていること、私はこっそり見ています!)
ふたりの会話を聞いてエレファナは誇らしげに頷いていたが、しかしバートの言葉を遮ったフロリアンは侮蔑の混ざった笑みを口元に浮かべる。
「そうか。セルディがお前を重用するから勘違いして、図に乗っているんだろう? だからお前は魔導で成り上がった伯爵家に生まれたというのに、魔力を持たなかったために親から見限られた無能だってことも忘れてしまったのか。せっかくだから、思いださせてやるよ」
フロリアンが口の中でなにか呪文を呟きながら、てのひらを上に向ける。
そこに風の流れが集まり、赤々と熱を放つ炎の球体がいくつも躍りあがった。
「ははっ、すごいだろう! 一瞬で炎を編み出す卓越された魔導……この類まれな才能を持つ俺とお前たちでは、格が違うことを見ておくんだな!」
フロリアンが得意げに手を一振りすると、炎の球体はいくつも繰り出され、ブルーベリーの木へと飛んだ。
(あっ! セルディさまの特別な木が!)
エレファナは反射的に炎の球体を見つめると、前方に突如、空中に裂けたような黒々とした亀裂を出現させる。
「なっ……なんだ!?」
未知の出来事にフロリアンが驚愕する中、火の球体はその異次元のような亀裂の深淵へと吸い込まれていった。
その後割れ目はひとりでに修復されていき、空間と融和するような自然さで消える。
「今のは一体……? 俺の炎はどこだ!?」
(すみません。それは秘密です)




