38・やはりそう来るか
振り返ると、エレファナは安らかな様子で寝台に横たわり、目を閉じている。
「エレファナ?」
「……」
「寝付くの、早すぎだろう」
(いや、今日は珍しく眠そうだったから当然か)
エレファナの眠れない負担を少しでも和らげようと、近頃のセルディは時間さえ合えば彼女の元を訪れ、とりとめない話をしたり、添い寝をすることもあった。
しかしもうエレファナがそれを必要としなくなるのだと思うと、一抹の寂しさを感じずにはいられない。
(気づかなかったが……俺は彼女とのひとときを、いつも心待ちにしていたのか)
セルディは寝台に置かれた、もう小さくなった子ども用のカーディガンをたたんで枕元に置いた。
そしてふと、近頃エレファナの寝つきが悪かった原因は、疲れることがなかったせいかもしれないと思い当たる。
(帝国に仕えていたころは、疲れきって眠り込む過酷な日々だったのだろうな)
そして二百年もの間、傷ついた精霊をたったひとりで守り抜くと決めた無垢で一途な妻が、結界を張り続けて過ごしてきた長い月日を思うと、セルディはいつも胸が疼いた。
(いや。今のエレファナには俺がいる)
「もうそんな思いはさせないさ」
そう自分自身に言い聞かせながら、エレファナの寝顔を覗き込む。
すやすやと寝息を立てるエレファナの口元が、わずかに開いている。
見覚えのある光景に、セルディの眼差しが鋭くなった。
(今度こそ……そのままにしておくわけにはいかない)
セルディは表情を引き締めると、エレファナのどこかあどけなく無防備な口元に触れる。
すると唇は一瞬閉じるが、すぐにぱかりと薄く開いた。
(やはりそう来るか。しかしエレファナのためなら、俺はどんなことも諦めるつもりもない)
セルディは真顔で、エレファナの唇と閉じる閉じないの戦いを繰り返すが、決着は一向に着きそうにもない。
「……なぜだ」
眉を寄せて悩ましげに息をつくセルディのそばで、エレファナがかすかに唇の端を震わせた。
それは声にはならないほどの動きだったが、誰の名を告げているのかは聞くまでもない。
(意識が無くても、呼んでくれるのだな)
誰かにここまでひたむきに求められたことなど一度もなかったため、セルディは相変わらず戸惑った。
しかしエレファナの寝顔を眺めていると見知らぬ感情が湧き上がってきて、いつもの真顔もついほぐれるように、気も緩む。
「どうした? 俺はここにいる」
セルディはエレファナに身を寄せ、彼女の片頬をてのひらで包んで互いの顔を近づけると、珍しくいたずらっぽい口調で囁いた。
「そんなに閉じたくないのなら、ふさぐぞ?」
そのやさしい囁きに従うかのように、エレファナの唇は微笑を浮かべてぱくりと閉じる。
セルディは信じられない思いで、しばらく沈黙した。
規則的な寝息が、安らかにセルディの顔を撫でる。
「……いや、うん。それでいいのだが……うん。翻弄されている気がするな……うん」
自分を納得させるような独り言が、静かな部屋に響いた。
***
「見てください、セルディさま!」
エレファナが梢を指差すと、鳥たちは鋭敏にはばたき去っていく。
良く晴れたその日、エレファナはセルディと共に城の周辺の林を散策していた。
林は静かだが、頭上の鳥たちはもちろん、辺りを駆け巡る小さな動物たち、風がそよぐと草木がさやさやと音を立てて、生命の気配は賑やかでもあった。
隣を歩くセルディも豊かな自然の中、いつになくくつろいだ様子で木々を見上げる。
「エレファナは鳥が好きなのだな」
「好きです! 交わし合う鳴き声の意味は分かりませんが、その響きが楽しげで自然とうきうきします。でも鳥だけではなくて、花も小川も動物も好きです」
「あれはどうだ?」




