36・無自覚の妻に翻弄されている
城に来たばかりのころ、エレファナは痩せすぎで婦人サイズが合わなかったため、今身に付けているものは間に合わせで準備した子ども用のカーディガンだった。
(当時はそれでちょうどよかったが、ずいぶんきつそうだな。特に……いや、これ以上考えるのはやめておこう)
セルディは目を背けて、深呼吸する。
近ごろは眠れないエレファナの変調が気になって添い寝することもままあるため、例えそれがエレファナのためであっても、セルディの理性は色々と耐えなければならず消耗していた。
(しかしもうサイズも合っていないのに首までしっかりボタンも留めて、俺には苦しそうに思えるのだが)
セルディは当初のころ、指の力が入らないエレファナのボタンを付け外ししたことを懐かしく思っていると、エレファナが自分の姿を見回して動揺しはじめる。
(このカーディガンはエレファナが気に入っているのかもしれないし、きついのかどうかは俺が口を出すより当人に任せたほうがいいだろう。しかしおかしいところとは、一体なんのことなのか……)
「エレファナ、すまない。俺は君のなにがおかしいのか、全くわからない」
改めて見つめると、エレファナの頬にこめかみの髪がかかっていることに気づく。
セルディはそれを何気なく指先でよけると、隠れていた耳朶が現れた。
その中央に、控えめながらも赤い石が輝いている。
「! エレファナ。この耳飾……っ!?」
答えを告げようとしたセルディは、エレファナの様子に気づいてぎょっとした。
「セルディさま、そちらは失敗で、正解はこちらです! こちらをご覧ください!」
エレファナは着こんでいるカーディガンの、上まで留めていたボタンを胸元へ向かって順々に外していく。
透けるような白い肌が覗いて、セルディは一瞬固まった。
「待て」
「はっ! 急ぎます!」
「なぜだ逆だ、待てだ待て!」
「大丈夫です!」
「なにが!?」
「元気になったので、セルディさまの手を借りず自分でボタンも外せるようになりました! ほら!」
止められないのならと手を伸ばし、エレファナを隠すように抱きしめかけていたセルディよりわずかに早く、カーディガンははらりとはだける。
「セルディさま、心配しなくても大丈夫ですよ。ここは室内ですから、脱いでも寒くありません!」
襟元が少し開き気味のナイトドレスが現れ、首には紅玉の輝くペンダントがさげられていた。
(……)
静かに、しかし長々と息を吐くセルディに気づかず、エレファナは首飾りを指し示す。
「セルディさまが見つけられなくて当然でした。私がうっかり着込んで、おかしいところを隠していたのです」
「そ、それは……」
動揺しすぎてまだ事情が掴めていないセルディの前で、エレファナは珍しく目を伏せて恥ずかしそうにする。
「この首飾りと耳飾りは、私が自分から欲しいと思った初めての品です。そう話したらセルディさまはきっと喜んだり、笑ったりしてくれると思ったのですが……セルディさまの好きな色は苺ではなかったのですね。それでしたらこちらの耳飾りは失敗なので、急遽隠しておくことにしたのですが、うっかり見つかってしま……っ!」
セルディは引き寄せられるように、エレファナの飾られた耳に一瞬だけ触れた。
エレファナの驚いて息をのんでいる気配すら愛おしく、ついもう一度口づける。
「似合っているよ」
エレファナは見たかったセルディの笑顔を前にしているはずだったが、しかしどうすればいいのかわからない様子で目を泳がせた。
「わ、私ですか?」
「もちろんだ」
「で、でも……これは」
エレファナが不安そうに顔を上げたので、ようやく冷静さを取り戻しつつあるセルディは『聞いているよ』の意思表示として頷いて続きを促す。
「私……カミラさんに教えてもらいました」
エレファナは自分の耳から紅玉の飾りを外すと、うつむいたままそれを握りしめた。




