34・妻がひたすらかわいいのだが
寝台から降りたエレファナは、椅子に座っていたセルディの目の前に立つ。
いつもと違う香りがよぎったかと思うと同時に、セルディはエレファナの細い両腕にそっと包みこまれていた。
(これは一体……どう受け取ればいいのだろうか)
戸惑いつつもそんなことをとりとめなく考えながら、椅子に座っているセルディは抱きしめてくれるエレファナの顔つきや仕草をうかがった。
エレファナは真剣な表情をして、熱心にセルディの背を撫でている。
(なんだこれは。ひたすらかわいいのだが)
その姿を見ているだけで自然と抱きしめ返してしまいそうになるが、この突然の行動にどのような意味があるのか、それが心にひっかかった。
(そうだ。まずはエレファナのことだ)
エレファナは今も心を込めるように、そっとセルディの背中を撫で続けている。
そのあどけなくもひたむきな姿に、セルディはつられるように微笑んだ。
「一体どうしたんだ、エレファナ」
セルディの和やかな声色を聞いて、エレファナの顔もぱっと明るくなる。
「セルディさま、少し楽になりましたか?」
「……俺が?」
「そうです。私はさっき、外でセルディさまを待っている間、とても眠くてつらかったのです。でもセルディさまが抱き上げてくれて、こうやって背中を撫でてくれると楽になりました。今はセルディさまがつらそうです。だから私は、セルディさまが楽になるまでこうします」
そう言うエレファナが、細い腕で撫で続ける姿は大変そうに見える。
セルディは「大丈夫だから」とあやすように笑った。
「俺のことはいいんだ。君が疲れるだろう」
「いいえ。セルディさまがつらいのなら私、ずっとしますからね」
思いのほか毅然と、しかしどこか幸せそうな口ぶりで断られてしまう。
「……エレファナ」
「はい、なんでしょうか。次はセルディさまがお話をする番です」
(そうか、先ほどは俺がエレファナの話を聞いたから……。彼女は俺の何気ない話や言葉を、いつだって自分らしく覚えてしまうのだな)
セルディはエレファナが自分の元へ来てから、ただ共に過ごしていただけではないと改めて感じた。
(俺は親鳥……いや夫としてエレファナのことを守っているつもりだったが、なぜだろうな。実際は逆のような気がしてくる)
セルディは力が抜けたように目を閉じると、エレファナを抱きしめる。
そうしていると今までは常に心が張り詰めていたと思えるような、安らぎに身を任せているような実感があった。
(昔から人に触られると落ち着かなくなるのに……不思議だな)
セルディはしばらくの間じっとしていたが、やがてエレファナから手を離して改めて向き合う。
「ありがとう。君のおかげで本当に楽になった。もう大丈夫だ」
セルディの晴れやかな顔つきをまじまじと見て、エレファナも満足そうに頷いた。
「良かったです! またつらくなったらしますので、遠慮せず言ってください。それにセルディさまが困るのなら、私はもう魔導を使いません」
「いや。君が魔導を使うことに心配はあるが、その力で君の身を守れることもあるだろう」
エレファナの柔らかな珊瑚色の髪を指先ですくうと、先ほども感じた良い香りがする。
「無暗に目立つことは、できることなら避けたい。例えば今日は君の髪を綺麗な胡桃色に変えていたが、カミラは君の魔導だと気づいていないはずだ」
セルディの言葉に、エレファナはぴくりと反応する。
「綺麗な胡桃色……? もしかすると、セルディさまの好きな色は胡桃色ですか?」
「好きな色? 俺はそういうことは特に……いや」
セルディは自分の好きな色に関して思うことがあるのか、真面目な顔でエレファナの髪と瞳を見つめる。
「考えてみると……俺の好きな色は、珊瑚色と緑色のようだ」
「……」
その答えに、エレファナがなぜか残念そうに黙り込んだので、セルディは拍子抜けするような気持ちになった。
(どうやら俺は心のどこかで、エレファナが驚いたり喜んだりしてくれるのを想像していたようだな)
「エレファナにとって……俺の好きな色は、なにかおかしいのだろうか?」
セルディがためらいがちに聞くと、エレファナは我に返ったようにはっとする。
「い、いえ! そうではなく、苺……」




