29・とある青年の秘めた過去
バートはその一方で、カミラが他の客を相手にしているときやひとりで服飾品と向き合っているとき、少し離れたところからその小柄な後ろ姿を目に留めるたび、言いようのない物悲しさを感じていた。
(たとえ会えなくても、母さんがいつも娘を想っていたこと、カミラに知って欲しいけどな。母さんと一緒に過ごせば、あんな寂しそうな雰囲気だって変わるかもしれない)
ポリーは仕事で店を訪れることはあったが、カミラに実母だと名乗り出ることもせず、明らかに距離を置いているようだった。
バートはポリーの静かな動揺に気づいてようやく、世話好きで愛情深い母が、夫から理不尽な理由で家を追い出されたまま離れるしかなかった娘に対して、罪悪感を抱いて生きていたのだと知る。
しかしバートは今はすれ違っている二人の関係に、希望を持っていた。
カミラにそれとなく家族について聞いてみると、彼女の実母が家を出たのは記憶にも残らない幼い時期だったらしい。
そして腹違いの妹がいて慕われていることや、父や継母とはそりが合わなかったため、実家とほとんど行き来がないこと、猫を飼っていることなど、内向的なカミラが自分について話すくらい、いつしかバートと打ち解けていた。
(そうだ。カミラさえよければ、母さんと一緒に暮らすのもいいよな。母さんも猫好きだし。僕が家を出て二人に仕送りでもすればいいんじゃないか? もう金のことで母さんに苦労をかけるつもりはないし、生意気な息子よりかわいい娘と猫がそばにいて、服の話でもしてた方が楽しそうだよな、あの人。なによりずっと一人でがんばってきたカミラは、母さんと一緒にいることができたら、喜んでくれるんじゃないかな……)
そんな思いが募るほど、近ごろのカミラは会いに行く度に嬉しいような恥ずかしいような、かわいい笑顔を見せてくれるようになっていた。
(あのときは僕のこと結構信頼してくれているんじゃないかって、うぬぼれてたな。いや、信頼はあったのに、僕が台無しにしたのかもしれない)
もちろん無理強いするつもりはなかった。
ただ自分たちの関係を打ち明けると決めれば、普段は飄々と見せているバートも妙な手汗が出るほどには緊張する。
バートはそれを隠すように、何気ない風を装って河川敷に誘い出すと、自分とポリー、そしてカミラとの関係を話した。
そしていつもの軽口のつもりで「カミラさえよければ、自分は兄になっても楽しくやっていけると思う」という、知らずに彼女の望まない言葉を添えた結末は、今まで築いてきたカミラとの関係を遠ざけることとなった。
(泣かせちまったからな……)
なによりバートを苦しめたのは、実母だと知ってからポリーに接するカミラの態度が、よそよそしくなったことだ。
(僕はカミラが記憶のない実母をどう思っていたのか。そして実母を奪っていた僕が余計なことを言うことで彼女を傷つけるまで、なにもわかっていなかったんだ。いや、もしかすると今だってわかったつもりになっているだけで、全然わかっていないのかもしれないけれど)
最後の考察はよく当たっていたが、バートは自分のせいで母と娘の関係を引き裂いた事実ばかりに目を向けていた。
そして言葉を重ねれば重ねるほど、カミラとの関係はほどこうとした糸がもつれ絡まるような有様となり、いつしか月日が過ぎていた。
(だけど奥さまが、カミラと母さんを……)
バートが目を向けると、ポリーとカミラはテーブルに着き、色とりどりのサンドイッチに小さな歓声を上げて、なにやら楽しそうに食べている。
ふと、カミラの視線がバートに向いた。
そしてそこには見覚えのある、あの嬉しいような恥ずかしいような笑みが一瞬浮かぶ。
「……っ」
思わず声をかけそうになったが、そのときはすでに、カミラとポリーは楽しげな会話を再開していた。
(やべ。びっくりしすぎて動悸してきた……)




