28・奥さまが変えたのは夫だけではなく
エレファナの後ろ姿を見届けると、バートは手に提げたバスケットをポリーに渡した。
「なんですか、これは」
「エレファナさまのために、僕からのお願いです。どうか二人に協力していただきたいと思いまして」
バスケットを持って手がふさがっているポリーの代わりに、カミラがその蓋を開ける。
中には先ほどエレファナが食べたものと同じ種類のサンドイッチが、いくつも並んでいた。
「エレファナさまはそのサンドイッチをとても気に入られて『まだ食べたいのでたくさん用意して欲しい』と頼まれたのですが……。僕が帰ってきたころ、ようやく思い当たったようです。『無理をしてお腹を壊せば、セルディさまが心配なさる』と」
バスケットに盛られた追加のサンドイッチを見て、ポリーは大きな声を上げる。
「それは当然です! バート、奥さ……エレファナさまにこんなに大量の食事を出そうとするなんて!! エレファナさまがこの量を無理をして食べられたら、体に毒ではありませんか!」
「すみません。エレファナさまがあまりにもおいしそうに、嬉しそうに、幸せそうに食べていらしたので。頼まれるとつい……もちろん僕の落ち度です。それで、もしよろしければエレファナさまが手を付けられなかったこれを、母さんとカミラに頼みたいのですが。エレファナさまは『わざわざ作ってきてもらった食べ物をこんなに残してしまった』と、とても気落ちされていました。ここでおいしく食べている姿を見せれば、安心されるのではないかと思いまして」
エレファナが気落ちしていたと言われて、ポリーとカミラは顔を見合わせる。
「……カミラさん、よろしいでしょうか」
「こちらこそ、こんなにご馳走になってしまうなんて。かえって申し訳ないくらいです」
「助かります」
バートはそう言ったが、食堂に持ち帰れば、別に無駄にはならないこともわかっている。
エレファナの狙いが、食事もとらずに働いているカミラへのねぎらいだと判断しての対応だった。
(奥さまは虚栄心など全くない方だから、使用人の僕に頭を下げることも、自分のわがままだという形でカミラに休憩して欲しいと頼むのも、全ては相手を思う一心でしているんだろうな。そんな奥さまと母さんのやりとりを見て、カミラの気持ちが変化したのかもしれない……あんなに楽しそうな顔、久々に見た)
バートがカミラと面識を持つようになったのは、まだ家令ではなくセルディの従者として仕えていた十九のころになる。
自分を育ててくれたポリーに、若いころ生き別れた一人娘がいると知ったのがきっかけだった。
どうにか探し出したその人、ひとつ年下のカミラはこぢんまりとした服飾屋を始めたばかりで、そのときからすでに表情の乏しい娘だった。
ただ愛想はともかく、服飾に関する目利きと腕、提供する価格の良さは間違いない。
バートはセルディの服飾関係で彼女の店を利用するようになり、自然と彼女の元を訪れることが増える。
カミラは素っ気なかったが、バートは理由をつけては店に足を運び、たわいもない軽口をたたいて彼女を笑わせるのは楽しいひとときだった。




