19・出ておいで
「私はもしかして、セルディさまを困らせていますか?」
エレファナは胸まで掛けていた夜具を引っ張り上げて、目元のそばまでうずめた。
「胸が苦しくなるのは、本当に問題ないのです。ただセルディさまが心配なさらないように、知られる前に治そうと思っていました。ポリーと心を落ち着ける練習もしています。このまま治らなかったら、私のせいでセルディさまの大切なお仕事を休ませてしまいます……」
エレファナは毛布から顔の上半分だけ出したまま、怒られるのではないかと心配する子どものように見つめてくる。
「セルディさまのお帰りが遅くなられるのは、それが必要なことだからです。セルディさまの判断ですから、私もそれが最善だと信じています。だからセルディさまにはいつも通り過ごして欲しいのです。私はご迷惑にならないように、治す練習をします。急ぎますので、どうか……」
エレファナは落ち着かない様子で夜具に潜って顔を隠したが、コーラルピンクの頭頂部は覗いている。
(一体どうしたのだろうな。明らかに動揺しているが……そういえば)
セルディは以前エレファナと食事をしたとき、無理をして欲しくない一心で「役に立たなくてもいい」と告げたことを思い出す。
(あのときエレファナは一瞬、削げるように表情を消していた。帝国に仕えていたころのなごりなのか、自分が役に立たなければ俺に会えなくなると思っているようだった。今もおそらく……)
「……エレファナ」
セルディは出ておいでと諭すように名を呼ぶと、かぶった寝具から隠しきれていない、つむじの辺りをそっと撫でた。
「エレファナが俺に迷惑をかけると思っているのなら、それは誤解だ。むしろ君が俺の判断を尊重してくれることに感謝している。しかしもし困っていることがあるのなら、隠さず言って欲しい。これからも共に暮らしていくのだから」
エレファナは目元が現れる程度まで顔を浮上させると、セルディをうかがうように見つめる。
「……本当ですか?」
セルディはエレファナの顔を覗き込むと、囁くようにそっと、しかしはっきりと告げる。
「ああ、約束する」
そう口にした彼の表情は、そばの手元灯の明かりに照らされて、淡い柔らかさが宿っていた。
「あ……ありがとうございます!」
エレファナは感激に頬を赤く染め瞳を潤ませると、毛布をぎゅうと抱きしめて幸せな祈りを捧げるように目を閉じる。
彼女の手の甲には見覚えのある魔導の枷があり、セルディは複雑な思いに囚われた。
(俺をここまで慕ってくれるのは。エレファナが家族に……夫という存在を得ることに憧れていたからなのだろうな)
「しかし君は、本当に家族が欲しかったようだ。俺にはよくわからないが」
セルディはふと出た言葉を、胸の内で否定する。
(いや、今ならわかる気もする。エレファナがここへ来てくれてから、俺のなにかが変わったのかもしれない……。自分ではよくわからないものだが)
「──さま……」
「ん」
見るとエレファナは、目を閉じて寝息を立てていた。
「エレファナ?」
「……」
「寝付くの、早すぎだろう」
その返事の代わりのように、すやすやと安らかな呼吸音が聞こえる。
(しかし、眠れないよりはずっといい)
「おやすみ、エレファナ」
セルディは音を立てて起こさないように、そっと立ち上がろうとしたが、あることに気づき動きを止める。
そしてもう一度、エレファナの顔を確認した。




