18・生まれて初めて人に見とれていた
「エレファナ、俺と少し話でもしないか。その方が眠りにつきやすいと思うのだが」
「いいのですか……! あっ、でも。セルディさまはお疲れですから、早めにお休みにならないと……」
エレファナが嬉しさと心配の混ざったような表情で見上げてくるので、セルディは大丈夫だと頷き返す。
「魔獣が出ないときでも、砦にいる間は意外と気が張る。少し話をしてからの方が、俺もよく眠れるだろう」
*
(そういえば近頃はエレファナの体調も快方に向かい、寝たきりではなくなったからな。昼間に起きていることも増え、こうして話をするのも久しぶりか)
窓から招かれる月明かりを頼りに、エレファナはいそいそと寝台へもぐりこむと、以前のように天蓋を見上げてセルディの話を待っている。
セルディはそばの椅子に座ると、小さな円卓に置いてある、釣り鐘型の一輪花のランプに手を伸ばした。
花びらの内側にほのかな明かりが灯ると、エレファナの透明感のある顔が幻想的に照らされる。
この城へ来てからエレファナはしっかり食事を取って休んでいるため、痩せこけていた身体も表情も健康的になりつつあった。
輪郭はまだ細すぎるが、しかしその雰囲気は見ている者の目を離させない、惹きつけるような清廉さをまとっている。
「セルディさま?」
エレファナの豊かなまつげに包まれた瞳が、不思議そうにまばたきをしていた。
セルディは我に返ると、自分が生まれて初めて人に見とれていたことに気づいて苦笑する。
(傾国の魔女は恐ろしいほど美しいとも言い伝えられているが、嘘ではなさそうだ)
「エレファナにとってどうだ、この城での生活は」
「ドルフ帝国に仕えていたときとは全然違います。ポリーがお世話をしてくれますし、バートはこの時代について教えてくれます。私の中の精霊も元気になってきています。なにより私には旦那さまが……セルディさまがいます!」
「すまないな。いつも城にいることができなくて」
「待つのも楽しいですよ。楽しみ過ぎて、セルディさまが予定より帰りが遅くなったときは特に、胸が苦しくなるほどです!」
「……胸が苦しくなる?」
「あっ! いえ、その」
隠していたのか、エレファナが口元を押さえて動揺していることに気づき、セルディは血の気が引くように呆然とする。
(気づかないうちに、俺はエレファナを苦しめていたのか……?)
「すまなかった。次からは必ず、君を優先して帰る」
「! セルディさま、私のためにお仕事を怠ってはいけませんよきっと!」
「いや。砦に通いで来ている騎士たちにも色々な事情がある。有事の際でない限り、家族のために帰宅時刻を変更したり休暇を取るのは当然のことだ。皆にも『上に立つ者が皆勤賞だと申請しにくい』と冗談半分で揶揄されていたから、ちょうどいいだろう」
「あ、あの……! 私は本当に大丈夫です! ポリーから平気だと教えてもらいましたから。どうやらこれは、私がセルディさまに会うのを待ちわびるあまり、嬉しくなりすぎているだけのようです。人体の不思議です!」
「しかし君が苦しくなると聞いて、放置することはできない」
セルディが大真面目に呟くと、エレファナは慌てて弁解する。
「い、いえ! これは人体の不思議ではありますが、心配されることではなさそうです! 不思議と言えば、セルディさまが私のお世話をしてくださると、バートのにやにやが止まらなくなります。あれも人体の不思議なのだと思います!」
「ああ……俺がエレファナに一口サイズの果物をひとつずつ食べさせているときだな。まだ弱っている状態のエレファナが喉に詰まらせると危険だし、当然だと思うのだが」
「安全でおいしいので、良いことしかないはずです」
ふたりは一緒になって頷く。
「バートのことは気にせず、そっとしておくつもりだ。しかし……」
「セルディさま、私の方もそっとしておくだけで良さそうです。ポリーからも精霊には全く問題ないと言われましたので!」
「しかし君は苦しいのだろう」
「ほんの少し、少しです!」
セルディの真顔が「少しでも嫌だ」と告げていた。
「セルディさま……?」
エレファナがまじまじと見つめてくる。
セルディは今までの振る舞いに思い当たり、はっとした。
(なぜだろうな。俺はエレファナのことになると、妙にむきになってしまう気がするのだが……)




