17・ぶかぶかですが、旦那さまになってます
セルディは窓の外に目を向けると、少しだけ考え込む。
その口元に楽しげな笑みが浮かぶと、エレファナは幸せな気持ちになった。
「しかしあれは……もう少し後の方がいいだろう。それならまずは、エレファナの願いを叶えよう」
セルディは自分のために一番最後まで取っておいた、とっておきの苺を割る。
その半分をエレファナの前に置いた。
「「……!?」」
背後の侍女と家令が信じられない光景に唖然とするのに気づかず、二人はなにやら楽しそうに視線を交わし合うと、分けた苺を一緒に食べ始めた。
***
夜風が少し肌寒い程度の、穏やかな月夜だった。
セルディは予定より早く砦の警備を終えて城へ向かうと、入り口を出たところに立つ細い人影が小走りで近づいてくる。
慌てて駆け寄ると、エレファナは一層と軽やかな足取りになった。
「おかえりなさい、セルディさま!」
「こんな時間に……どうかしたのか?」
「私は外の空気を吸いに来ました。眠れなかったので」
「……眠れない?」
エレファナになにが起きているのかと、セルディの表情が険しくなる。
「それは大丈夫なのか? 発熱はあるのか? 咳は? 頭痛は? 吐き気は?」
「なにもありません。私はとても元気です!」
「しかし……眠れないのだろう?」
「はい、眠くなりません。寝付けないのでセルディさまのことを考えて外の風に当たっていたら、胸がいっぱいになって、気持ちがうきうきして、どんどん目が冴えてきて……! 幸運にも会えました!!」
セルディはエレファナの羽織っているものが薄手のカーディガンだと気づき、身につけていた上着をその細い肩にかけた。
「わ、ぶかぶかです。でも見てください、今の私、セルディさまになってますよ」
エレファナは楽しそうに、明らかにサイズの違う上着を身につけた自分を見回している。
その姿はいつもと変わらず元気そうに見えたが、セルディはエレファナに羽織らせた上着をしっかりと掛け直した。
「エレファナ、もうずいぶん遅い時刻だ。寝不足から万が一君に風邪でも引かせて、つらい思いをさせるわけにはいかない。そろそろ休もう」
「わかりました。精霊のためにも、もう一度横になってみます」
セルディはエレファナの手を取り、彼女の部屋の前まで送る。
「今日も疲れただろう。ゆっくり休むといい」
「私は全然疲れていませんが、ゆっくり休みます。セルディさまは疲れているので、ゆっくりお休みください」
「ああ、ありがとう」
そう言って歩きかけたセルディは、思い出したように一言付け加える。
「眠れなくても、横になっているだけでいいからな」
「はい。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
セルディは自室へ向かうため、窓から月明りが差し込む廊下を引き返した。
ふと気になって振り返ると、エレファナは開いたままの扉の陰から顔を出して、じっとこちらを見つめている。
「すぐ寝るんだぞ」
「はい」
少し離れたところからそう声をかけてから、セルディは後ろ髪を引かれるような思いを抱えたまま進み、そしてやはり背後を確認した。
静かな通路の先には、未だ扉の陰から顔を出したエレファナがいて、去り行く親鳥を見つめる雛のようなつぶらな瞳でこちらを見送っている。
「……」
セルディは距離の開いたその場から声をかける代わりに、つかつかと廊下に足音を響かせてエレファナの元へ戻った。




