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第十三話 修羅の楽園 十一 いかがわしき凶暴


 四強の一角『風神アンレイ』は、ほかの四強すべてに一敗している。

 中でも『女巨人ヒュグテ』『赤虎あかとらタヌム』より劣ると評されやすい『からすのブレイロ』にまで負けた試合で大きく評価を下げていた。


「おや……『こちらの拍手』はようやく、スールの半分ほどはいただけるようになりましたか」


 一年ぶりとなる再試合では、入場してくるアンレイの舞踏が上達していた。

 派手な動きは抑えながらも視線を誘い入れ、期待に合わせてひるがえる。


「手足の速さを頼る無粋に陥っていましたが、なんのことはない。打ち合いと同じ『相手に合わせる』初歩すら不心得だったとは。そちらの鍛錬で私はまだスールに遠くおよばないというのに、これしきの進歩だけでもこれほどの甘い声援……優しい客人がただ。私よりもずっと」


 病的に長い言葉も、口調は少し落ち着いてきた。

 しかし対戦相手の抑える気もない殺意と目が合うと、ついふしだらな歓喜を浮かべてしまう。


「貴方のくれる甘やかさほどではない」


 静かに深く病んでいる。


「貴方との再戦は楽しみでならなかった。今は惜しくも感じる。これも恋にしたい」


 黙って無視に努める中年女ブレイロはしかし、さっさと開始を宣言しない審判へ対しても殺意を強めて歯ぎしりを聞かせた。


「この試合の勝敗にはなにか賭けてみたいところだが、踊ってもらうのもいいし、詩句や歌唱も捨てがたくて迷う……しかし負けた側は手足や喉をつぶされているかもしれないか……そうなると化粧なら息がなかろうと約束を守れそうだ」


「審判、急げ」


 大勝負の審判を任されることが多い元チャンピオン『灼熱のヒルダ』も、ささいなきっかけで自身まで狩られかねない危険は知っている。

 ブレイロの周囲では試合場でなくても被害が多かった。

 自衛の反撃などの口実をこじつけられ、殺されたり深手を負わされた者も少なくない。

 観客席の『海の女帝』アイシャも何度か危ない目に遭っている。

 とはいえ軽口でからんでいた程度なので、すれちがいに髪を何本か引き抜かれたり、尖った爪で目を狙われてまぶたを裂かれたり、目を離した一瞬にスープへ小骨を投げ入れられる程度で済んでいた。


「あの鬼ババがアンレイを見逃したのは『赤虎』の時みてえにほとんど相打ちだったのか?」


 ブレイロは自身の脅威となる相手を容赦なくつぶしたがる。

 しかし前回の対戦ではアンレイにとどめを刺していない。

 四強『赤虎タヌム』に限っては、まだ逆転も狙える状態でブレイロを脅して降参を認めさせている。

 まぐれでもブレイロに相打ちを狙えそうな余力を残せた上位陣に限っては、武器を持ったままの降参も許された。

 中堅以下が下手に粘れば、見せしめの深手を刻まれる。

 浅い傷でもつけようものなら、何倍もの苦痛を強いられる。

 棘鞭をかすらせてしまった『赤薔薇のジェンコ』は捨てた自身の武器で縛られ、刺し傷だらけにされた。

 手にかすり傷をふたつ刻んだ『八つ裂きミランダ』は爪を二枚はがされた。

 さらには『顔の傷であれば目を同じ数えぐった』と念を押される。


 そのため『海の女帝アイシャ』や『流浪の巫女モニカ』は節操なく降参した。

 ただし試合をあまりにしらけさせるとブレイロがさらに不人気になって、賭け札の売れ行きも悪くなる。

 自業自得にも関わらず、それはそれで不機嫌にさせかねない。

 そのため観客をだませるくらいは派手に、しかしブレイロには決して警戒されない程度に手を抜いて、善戦を演じた。

 アイシャとモニカは八百長の巧さでは首位を争う熟練者として一部の感心と軽蔑を集めている。

 下位ベテランで古参の『魔女リュシャニヤ』も降参の節操のなさでは定評を得ており、上位陣には決して抵抗しない堅固な逃走癖で知られていた。

 中堅以下へ対しては戦闘と無関係な情報でもゆさぶりをかけて優位をあさるため、熱心な情報収集家でもある。


「いえいえ、ブレイロさんともあろうかたが、妙にあっけない決着で見逃してまして。でもその理由なんて、探ろうとしただけで刺されそうですし」


 ほかの情報通だと中堅『黄金のイングリース』は定期的にマリネラと連絡をとっているほか、外部を含めた独自の情報網が広い。


「アンレイさんを『勝てる相手』と見くびっているなんて噂もあったけど、とてもそんな風には……今回は奥歯と同じ色に塗り隠して針を仕込んでいたらしいし」


 爪ほどの長さしかない太めの骨針を二本。

 吹いて命中したところで眼球は傷つけにくいが、香辛料を塗りこめていたし、反射的にまぶたが閉じられて動きを止める効果もある。


「たかが含み針のために、そこまでするかあ? 自分で飲みこまないように気にして戦うほうが負けそうなんだが」


 それを暴いた試合前の検査も異様だった。

 ブレイロに限っては常にマリネラが担当するようになっている。

 アイシャは自分でも思いつかないし見抜けそうもないやりとりにげんなりするが、リュシャニヤは楽しそうだった。


「でもほら、正攻法なんて意地でも断りたい時だってありません? くふふ。割に合わなそうでもなお、裏技のほうが楽しく苦心できるというか」


「あのオバハンはそんな手合いじゃねえだろ? ていうかアタシを見て言うな。わからんでもないが」


「あらでも体格ひとまわりの差でもずいぶん不公平なのに、みなさま生真面目すぎません? もっと団結して一斉に手を抜いたほうがお得ですのにねえ?」


「そこに異存はねえが。もっと小声で勧めてくれ」


 珍説をよそに試合が開始される。

 ブレイロは短槍に有利な間合を神経質に維持して、牽制ばかりに徹した。

 アンレイの出足を偏執的に削りたがっている。

 定石どおりだったが、一部の隙も許さない必死さが伝わる。

 しかしその執念こそが小柄なブレイロを四強たらしめている最大の脅威だった。

 それでも不意に、槍が踏み押さえられる。

 同時にひるがえったアンレイの四肢が、ブレイロへ絡みついていた。

 死活を分ける一瞬ずつの中で、ブレイロの腕をつかんだアンレイの手は鉄針に刺し貫かれて止まる。

 ブレイロは肩をぶつけるように重心をずらしながら、自身の奥歯近くへ指を入れる。

 口から小指ほどの鉄針が引き抜かれたことで、ようやくアイシャも不正の手口に気がつく。


「肉に刺して隠していたのかよ!?」


 奥歯の含み針は検査へのおとりで、下顎したあごの鉄針はマリネラさえも出し抜いた。

 おそらくは腕の針も体内へ刺し隠して持ち込んでいる。

 巧妙さよりも、激痛に耐えながら活用しきれる前提がおかしい。

 それでも組み合いになれば、鉄針の有無は大きかった。

 ブレイロは口元の鉄針を抜くなりくわえなおし、手足とは別の攻め手にする。

 首まわりへ近づいた腕や顔を狙えた。

 アイシャは『すぐにブレイロから離れるべき』と理屈では考えながら、直感には否定される。

 闘鬼が先に解答を示した。

 ブレイロの熾烈な歓待に、アンレイは大喜びで鉄針へ喰いつく。

 手は鉄針に刺されたまま腕を押さえ、姿勢を変えつつある。

 さらなる詰めの一手はすでに放たれていた。

 ブレイロの視界に刃が入りこむ。

 アンレイは髪剣もふっていた。

 第三者の視点であれば、なんの役にも立たない軌道。

 しかし視界のほとんどを闘鬼の笑顔で埋められ、相手の手元がわからないブレイロは、つかめる軌道で放られていた可能性への対処を強いられる。

 ただの陽動でしかないと気がつく一瞬の遅れが活路を断った。


「ぐううぐ……!?」


 ブレイロは押さえこまれて首を絞められながら、体格差にも関わらず力押しにあがいて抵抗する。

 それでますます喜ぶ闘鬼と凶器ごしに吐息や唾液を混ぜ合うはめになった。

 尖らせておいた爪でもかきむしり、互いに血まみれとなるが、ブレイロは脳への血流が途絶え、意識が遠のいてしまう。

 咬んだまま放さなかった鉄針はすっかり曲がりきっていた。

 アンレイも一度は腕をゆるめておきながら、未練たらしく絞めなおす。


「今この首を折る気になれない薄情を許してほしい……しかし貴方への想いも、私の中ではここまで大きくなっていた。感謝したい」


 さらに力をこめて絞め心地を味わう。



 前回の対戦では逆にブレイロがアンレイを押さえこんで制している。

 しかも反則らしい反則は見せない勝利だった。


 組み技は奥深く、マリネラは『地獄の島』へ集められた知識と技術を集積していたが、自身でも使いきれるわけではない。

 主には『風神アンレイ』の流派を基盤にしていたが、他流派を加えた改良や、闘技場に合わせた工夫まではアンレイ自身も模索中だった。

 マリネラに師事した『流れ巫女モニカ』や『空飛ぶノーマ』はアンレイにも迫る巧者として知られはじめる。

 ブレイロは『短槍を利用した独自の組み技』を試行錯誤し続けながら、徹底して隠していた。

 短槍へ潜りこめる技量を持つアンレイにあたるまでは決して見せなかった。


 槍をくぐられる前提で引きこみ、肘と膝だけで柄を旋回させて意表をつく。

 出鼻をくじいてどうにか『闘鬼』と五分の体勢へ持ちこみ、短槍も利用した組み技をしかけた。

 アンレイの流派にも棒術とそれを利用した組み技はいくつか存在していたので、それだけで有利になるかは怪しい。

 それに加え、ブレイロの足運びと姿勢には小さな『無駄』が存在していた。

 組み技に優れたモニカですら、観客席では漠然とした『違和感』にしか見えていない。

 次の瞬間、ブレイロは一騎打ちに特化した飛びつきから寝ころぶような引き倒しに成功する。

 アンレイが選択しうる多くの対処の中から『守りを固める』と予測できていたような大胆さだった。

 ブレイロはアンレイの弟子から『師匠の弱点』を聞いている。


『あの人、あっしを好きすぎるんで、褒めたがるんですよ。言葉ではないおしゃべりでね』


 ブレイロがアンレイの弟子から仕入れた技術は『初手』に集中していた。

 それもアンレイが相手でなければ意味がない、繊細な陽動ばかり。

 武芸への異常な執着ゆえに『意図があるふりの無駄』にまで学習意欲が働いてしまう……無意識に『様子見』を優先して、全容を把握したがってしまう。

 その習性を誘発できるようにアンレイの手の内をよく探り、よく研究していた弟子による『陽動のネタ』が細かく伝えられていた。


「誰に気をとられていた?」


 アンレイは『愛弟子の気配』に判断を操られて不覚をとる。

 絞め落とされながら、己の失態に納得できてしまった。


 目が覚めると生きながらに勝敗は決していた。

 しかしブレイロはひどく不機嫌そうで、その苦々しい怒気でアンレイはひとつの誤解に気がつく。

 アンレイはブレイロが試合の勝敗よりも生き延びることを優先しているものと思っていたが、生存だけが目的ではなかった。

 ブレイロはアンレイが教官だったころから『生存を脅かす害敵』として殺気を向けていたが、今の獲物の状態、今回の手口で狩る不満には耐えがたいらしい。

 元から抱いていたブレイロへの敬意に、猥褻わいせつな愛情も加わった。



 再戦で逆に絞め落とされたブレイロはようやく解放されたが、アンレイは黒いぼろきれをぎにかかる。


「私の貞操くらいは好きに蹂躙じゅうりんしてもらってかまわない気分だが……それではこちらの要望ばかりを重ねてしまう甘えか」


 アンレイがブレイロの両腕を衣服で縛りはじめたので、審判のヒルダは衆目の中でなにをはじめてしまうのかとあせった。

 しかしアンレイが手で指し示したことで『戦闘不能』の裁定を求めていて、安全に引き渡す意図での捕縛と気がつく。

 ヒルダは規定の十歩を計りはじめたが、アンレイはブレイロを両腕に抱き上げて呼吸を確かめるだけでなく、鼻先を埋めて嗅ぎまわっていた。


「まったくひどい……いい匂いがする。生きるに容赦のない、鮮烈な激情が染みついて、舌をうずかせる。これでははずかしめを重ねてしまいそうだ」


 勝敗が確定し、駆けつけてきた医者たちもそんな言葉を聞かされながら患者を引き渡される。

 ブレイロは風呂嫌いに加え、糞尿を毒がわりに仕込むこともあるため、いつでも悪臭がひどい。

 医者の老婆プラクシテラは呼吸と脈だけ確認すると、後は弟子へ任せた。


「医者も薬や傷口に好みの匂いなんてものができたりするものだが。人殺しには人殺しが好む臭いでもあるのかね……知りたくもないが。ん……?」


 勝者アンレイは客の喝采へ応える前に、急に真顔になってあちこちの風を嗅ぎまわっていた。


「あの悪臭で鼻がいかれたなら、ゆすいでおきゃいい……」


 プラクシテラはそう言いながらも、別の症状に思いあたる。

 しかしそれは治せそうにないし、治していいものかもわからない。


「……いるはずのないやつの体臭でも嗅いじまったかい? たまに聞く話だし、アタシも少しはおぼえもあるが、考えたところで仕方なさそうなものだ」


 プラクシテラはマリネラと離れていた半年の間に、残り香もないはずの山道で一度、入浴中に一度、愛弟子の体臭を嗅ぐ体験をしていた。

 ほかで聞いた話もほとんどは『不意のひとそよぎ』で、年に一回とか、せいぜい数度。

 ひとりだけ、数日ごとにつきまとわれている変わり者もいた。

 歪んだ笑顔で『人を殺す理由としては十分』などと断じていた。

 投獄された『悪魔公の第五夫人』が世間話のようにこぼした病状だった。


『フマイヤ様には腹ちがいの弟がいたでしょう? 大きいほうのルオントス様は私の従弟で、読み書きは私が教えていたのだけど、若々しいにおいがしましてね? こんな薄汚い独房の中でまで、変な気持ちにさせられましてもねえ?』




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