第十三話 修羅の楽園 五 女帝の与太話
昼間のアイシャは訓練場へ入り浸るようになった。
打ち合う相手はスールやモニカだけでなく、多くの教官に指導を乞い、練習をしているふりの猥談なども熱心に盛り上げる。
「おいヒルダ~。あの気弱い医者のどのあたりがその体をうずかせんだよ?」
「黙りな。あの旦那がアタシを高く値踏みしてくれてんなら、それでいいんだ」
「へ~え? ごつい力強さより、まめな優しさにもろいほうか……っておい、本気で打つなって!? アタシと似ているからうれしかっただけで……!?」
「そういうツラはしてなかった!」
衛兵や下女にまで幅広くからんで、警告の常連にもなっていた。
日が落ちればモニカと体をからませていることが多い。
組み技に限らない様々なことを教えあっていたが、単なるバカ騒ぎの宴会になっていることも多かった。
それでもアイシャは二戦目、三戦目で圧勝する。
新人を相手に殴って踏むだけで勝ち、下位ベテランを相手に正面からの一撃だけで結着をつけた。
初戦で『四強』をぶつけられた穴埋めの試合組みに思えて不快だったが、すぐに忘れる。
この二ヶ月でやたら多くの有望新人が上陸していて、アイシャの話題はすぐに埋もれてしまったが、気にしない。
使える賞金はすべて酒代に散らしていた。
「ちょいと『女帝』さん。まともに島を出る気はないの?」
モニカもただアイシャの相伴にあずかるだけでなく、自分の牢に肴や敷物を追加している。
「んあ~? 虎公には『まだこの島にのまれていない』なんて褒められたが……のまれてなにが悪いのか、ってな気もしてきたな~あ?」
「あらま。それでお仲間さんへの顔は立つの?」
「面子もクソも。さんざんめんどう見てやった連中に裏切られて、昔なじみをごっそり殺されちまったから呑んだくれて、そのせいでヘマこいたんだよなあ……」
アイシャはおもむろにモニカを押し倒し、モニカも組み技の稽古にしてはぞんざいな手足のからませ合いにつきあう。
「……この島も、アホどもの勝手なやらかしに巻きこまれて流れ着いただけで。この上まだ連中のために無理をしなくたってなあ……?」
言葉とは裏腹に、声にはうしろめたさがこもり、軽薄な笑いも薄れていた。
「んふふ? 私も義理だの仇だの言ってしまえば、自分の脛傷をいじめるだけなんだけど……故郷や肉親ともご縁は残ってないの?」
腕で首を絞める攻防をしているようで、足先ではくすぐり合い、はた目にも本人たちもなにをしているかはわからない。
「別に仲は悪くねえ。というか親には甘やかしてもらったお嬢様だけど、そんな美少女アイシャちゃんが海賊になったのも親に売られたせいでさ」
「そ、それのどこが甘やかし?」
「いや港で手広く商売している船主だったから、それなりに羽振りはよかった」
アイシャの生まれ故郷は開拓されたばかりの港町で、時おりは異国の貿易船も停泊して賑わっていた。
実家は多くの船乗りや荷役を仕切り、名士として役人にも顔が利く。
アイシャは悪ふざけの好きなガキ大将だったが、親の手伝いも楽しんでいた。
「じいさんばあさんには感心されて、オッサンどもにも好かれる働き者だったなあ……いやおい、本当だって」
「今の有様を見てしまうとねえ? でも海賊なんかに売られたなら、仕方のない変わりようかしら?」
「いや、うちの親は盗品の売りさばきや密輸もやっていたから、海賊連中とは持ちつ持たれつで……なじみの役人も、そのあたりで手を組んでいるろくでなしがそろっていた」
「それのどこがお嬢様?」
「いや、いちおうは『旦那様』『奥様』『お嬢様』って呼ばれてたんだよ……でもまあ、船の事故が重なって夜逃げするはめになった」
「それで海賊に身売り……」
「いやそれが、夜逃げを手伝う見返りにアタシを欲しがったお頭が、ものすげーいい男でさー。遊んでもらっていたガキのころから目をつけていたから渡りに船ってなもんで、身売りのいじましさも見せ忘れちまったけど。初夜は足腰立たなくなるまで盛り上がって、今となりゃけっこうな思い出よ」
「……あ。前に言っていた『近海随一』の見事な度量……」
「……と肉棒な。面倒見までいいもんだから、船長室は望んで居ついた女だらけでさ。みんなしてあのご立派な大黒柱にご奉仕したくて待ちかまえてやがるの」
年端もいかないアイシャは頭目の女関係を承知の上で一員に加わり、親の手伝いで身につけた荷物管理や航海の知識で熱心に働いた。
「美人も多い中で小娘の新入りだったからな。待つだけじゃかまってもらいにくい気がして……あのころはけなげだったなあ。いやほんとに」
「それで剣とか組み技も?」
モニカは自慢話ばかりで退屈になってきたが、それなりに合わせておく。
「そのポルストゥスって色男は、親の代からの軍人だったらしくて。賊にしてはあちこちの役人や貴族にも頼られていたし、剣術や頭のきれもたいしたもんだった。胸板の厚い偉丈夫で、疲れ知らずの腕みてえに立派なブツでガンガン突きこみながら甘くいじくりやがって……ふへへ……」
「アイシャ、顔がひどい」
モニカに言われ、下品すぎる薄ら笑いからよだれをぬぐった。
「いやもう、いっぱしの専属娼婦に仕立てられちまうまで、たいしてかからなかったね~」
ほかの女ごと抱かれることも多く、期待されるままに盛り上げたことで、同性との交わりにも抵抗はなくなる。
まだ少女だったアイシャが憧れるような、気風のいい美女や上品な御令嬢、洒落た才女もいた。
「ま、そのポルストゥスは何年もしないで殺されちまったけど。海賊にしては義理を大事にしすぎたんだ……女を余らせていたくせに、まだ胸もふくらみきっていねえアタシなんかで借金をチャラにするようなお人よしだ」
友人として助けに向かった貴族に裏切られ、手下を逃がすために戦いすぎて、港で船を前にしてめった刺しにされた。
代がわりした頭目は裏切り者の貴族たちを襲撃して皆殺しにする。
「ポルストゥスの弟分だったヒゲのデカブツはアタシを嫌っていたんだよね」
やはり大柄だったが、全体にどっしり太く、いかつい人相でいつも不機嫌そうにしていた。
「女のアタシが剣を振ったり海図を見たりして、掃除、洗濯、炊事、交尾でもない仕事をやるのは気ざわりらしくて……というかそのミノヌスって野郎はポルストゥスに惚れこみすぎて、兄貴分に可愛がられている女たちみんなに妬いてやがった」
男の船員はみんな、新頭目のミノヌスが女たちも引き継ぐものと思っていたが、半数ほどの女は接触を拒んで船内が険悪になる。
元より何人かの女は、ポルストゥスに頼まれたり許可されたりで、ほかの男たちの相手をすることもあった。
しかしミノヌスは女に対しても荒々しく無愛想なままで、ミノヌスを恐れ嫌う女が増えてしまう。
「頭目の引き継ぎには誰も文句ないくらい、ポルストゥスに信頼されていたし、ケンカでもほとんど互角だったけど、人づき合いはクソ下手で……アタシはポルストゥスへの義理もあるし、弟分の顔も立てようとしたんだ」
アイシャはミノヌスから嫌われていることも承知で取り入り、ほかの女たちとの間をとりもつために動きまわった。
「女のあつかいは乱暴だったけど、抱かれてみたらいやでもなくてさ。同じ男に惚れこんだ仲間みたいな気がして……ミノヌスの野郎も、アタシをにらんでばかりのくせに、寝床へ引っぱりこむことは多くなって……まあ、股間のブツまでいかつくぶっといから、そこは可愛くないままだったけど。あれはあれで、だんだんとクセになってきて……」
「ちょいと。いちいちブツの論評までのたまう必要ある?」
「話しても聞いても楽しい大事なとこだろ?」
「まあそうね。いちおう恥じらうふりをしといただけ」
「で、そいつも翌年にはくたばった」
「はやっ」
「強引なところもあったけど、運も悪かった。陸の戦争で寄れる港が減って、賊同士もぶつかりやすくなって……ミノヌスもマヌケではなかったけど、ポルストゥスほど器用には立ち回れなかった。そのあたりはどんどんアタシに任せてもらえるようになったけど、どうしても避けられない抗争もしょっちゅうで……」
アイシャをかばって、矢の雨に倒れた。
「あれでけっこう、いい男だったのにな~」
暗いため息をつきながらも、アイシャは優しげな顔を見せていた。
それがだんだんと悲しげにうつむいて苦笑いを見せたので、モニカは『呑んだくれるしかない事情』の近さを察する。
アイシャは酒壺をあおり、考えてから切り出す。
「次の頭目は決めるまでにもめた。ミノヌスの次に腕の立つ槍使いがいたけど、身勝手で度量がない。似たようなケンカバカふたりと手を組んで、女を山分けすることしか考えてなかった。そいつらに船を任せたらろくでもないことになるのは、ほかの幹部連中もみんなわかっている。でも人望のある年長幹部のオッサンは、体にあちこちガタがきていた。アタシは剣が巧いし頭も顔もよかったけど、幹部ではまだ新参だった。だからオッサンを説得してケンカバカは騙し討ちに消して、頭だけいい若手幹部をかつぎあげた」
「頭だけいい……?」
「ケンカはからきしの腰抜けぼっちゃん。というかそのピントゥスっていうやさ男は、襲った船に見捨てられた人質の航海士だった」
「幹部になっただけでも不思議だけど……まあ航海士として腕がいいなら?」
「そう。航海術や医術はポルストゥスも知っていたけど、めんどうがっていた。あとはオッサンしかいなかったけど、仕事が雑だった。ピントゥスはまじめだから大事にされたし、ポルストゥスが亡くなるころにはオッサンの目も悪くなっていたから、船には欠かせない命綱になっていた」
「そんな人が頭目なら、いっそまともな貿易商でもはじめたほうがよくない?」
「ピントゥスも同じことを言ってた。立ち寄る港によってはそういう偽装もしていたし……」
アイシャは『船主の娘』を名乗り、ピントゥスには『婿養子の若旦那』を演じさせた。
「……おっと。モニカの姐さんの言いたいことはわかるが、ピントゥスは前々から頭目に航路とかの相談もされていた。荒事の始末さえ代わってやれば、たいていの仕切りは手堅くこなせた。イチモツは十人並みだ」
「ちょいと。こちらはそこまで好きものではないから……たぶん」
「だけど本人がごねて苦労した。アタシを好きにしていいとまで言ったのに渋りやがって……ただ、ポルストゥスが生きていたころからお目こぼしされていた恋仲のお嬢ちゃんがいたから、そいつがほかの男に横取りされると脅したら、ようやく引き受けやがった」
そう話しながら、アイシャは羨むように遠い彼方の海を思い浮かべる。
「そいつにどうにか頭目らしい格好をつけさせるために、アタシは口八丁股八丁でほかの幹部や賊仲間をたらしこんで根回しだ。荒っぽいことはなるべく避けて稼げるように、ほかのやつらが勝手につぶしあうように仕向けていた。そしたらなぜか、仲裁役として頼られるようになっていた」
「ん? それは貴女が? それともぼっちゃんが?」
「両方……だったはず。アタシは女でも参謀役の大幹部として名が知られるようになったし、ピントゥスも肝心な時には覚悟のある切れ者として信頼されはじめていた。だからまあ、あと一歩だった……あのころまでは楽しかった」
急におかしな事件が続いて、手下を二分するいさかいになった。
それを知っていたかのように、敵対していた賊が襲撃をかけてくる。
アイシャに嫉妬した『ピントゥスと恋仲の女』がすべてを手引きしていた。
「あのクソガキが。こっちはあの女の貞操をかばって他の男どもをくわえこんでいたのに。頭目の面子をたてる都合でピントゥスをたまに借りていただけで『誰とでも寝るくせにピントゥスにまで手を出さないで』ときやがった」
アイシャは罵倒しながらも、視線は後ろめたさでそれていく。
「そんなにアタシが妬ましいなら、野郎どもをけしかけて輪姦してやろうかと思ったが……そのクソ女も手引きした賊に裏切られて、アタシの賊仲間が応援に来てくれるまでには古参幹部たちもごっそり殺されちまって、ピントゥスまで深手を負って助からなかった……」
モニカはアイシャの襟髪を指先で愛撫した。
アイシャは先代や先々代の頭目への義理だけで体を張っていたわけではない本心もばれている気がして、少しだけ自嘲する。
「それでまあ、アタシには海賊仲間からの人気と、あまり気の合わねえ子分ばっかり遺されて、ほどなく『海の女帝』にかつがれちまったから、酒へ溺れきりになったわけよ」
「あらあら……いたたっ」
アイシャは照れ隠しでもないが、脚と脚をからませた極め技を座興に試していた。
「あ~あ、かわいそうなアタシ。美貌の女傑アイシャ様はそれからもバケモノチビに片目をほじくられたりして、最近はいかがわしい巫女さんとくんずほぐれつの毎日ですってよ」
つきあい酒まで強要するが、モニカも押しつけられた壺へねっとりと舌をのばして媚笑する。
注ぎこまれてから、憂い混じりにささやいた。
「めでたしめでたし」




