第十三話 修羅の楽園 四 まじめな乱交
「というか、あのふざけた武器はなんのつもりだよ?」
観客席のアイシャもまた、アンレイの剣を見て当然の疑念を持つ。
「ん~。たまには振らないでもないけど。でもジェンコちゃんの時だけは……」
スールが少し離れた席に座っていた美女へ声をかけた。
挑発的な体つきと顔つきで、オレンジブラウンの髪は背中までゆるくうねる。
貼りつくような緑の衣服は胸の谷間と太腿を露出させていた。
「お師匠さまに殺されかけた理由はわかった?」
「やっぱり心当たりなんて、弟子だった子に勝ったくらいしか……」
棘鞭使いの『赤薔薇ジェンコ』は中堅の技巧派で、かつてアンレイの弟子が膝に深手を負った際、一方的にたたきのめして勝っている。
同じように『砂鮫スビア』という当時の新人も深手につけこんで勝っていた。
「でもスビアちゃんはほぼ無傷で見逃されているし。なにか余計なことしてない?」
「それは気をつけたつもりだけど? 弟子だった子については『手を抜くほうが失礼』と言ったら、うなずいていたし。その子の名前を思い出せなかったくらいで……」
「…………うん」
スールはどんよりと、かなり間をおいてうなずく。
剣闘士になったアンレイは、実力差の大きい相手には手数も手傷も抑えて勝つ試合が多い。
しかし不意に気まぐれに、異常な本性をさらす時がある。
男剣闘士では有望なチャンピオン候補だった『鉄壁ディロクス』をめった打ちにして人相も正気も奪い、怪人『肉壁ディロクス』へ変貌させていた。
事件は男剣闘士の間で語り継がれて『この島の女剣闘士とは関わるな』という教訓にされている。
ジェンコは正面からアンレイに挑んだが、棘鞭をことごとくかわされて少しずついたぶられた。
その試合では髪剣が使われ、そしてその刃だけで何度も刻んで決着している。
大振りに使った最長の間合いでも拳と大差なく、首の動きから軌道も読みやすい。
それでも体さばきと手数で追いつめられると髪剣を意識する余裕は奪われ、浅い傷しかつけられない斬撃をくりかえし打ちつけられた。
ジェンコが多量の失血で動きが鈍り、衣服も大きく裂けてはだけると、アンレイは興ざめしたように背を向けて降参を許す。
アンレイのいびつな戦いぶりを聞かされたアイシャは、モニカが全力で降参に努めることを願う。
そして試合開始の直後から、モニカは両手を高く上げて後退をはじめた。
「降参、させていただけませんかねえ?」
四強の一角『風神アンレイ』は静かな笑顔で迫り、言葉でも念を押す。
「貴方が生きていられたら」
モニカは駆け足で逃げ、何度も方向を変えた。
しかしほぼ同時に反応されてしまい、すぐに追いつめられてしまう。
それでも壁を蹴って急転換しつつ、両手の鉄針をアンレイからは見えない位置で持ち換える。
そこまで変化をつけた斬撃の連続もかわされ、それらを囮にした蹴りまでも受け流され、掌底を胸へ打ちこまれていた。
「んぐ……っ!?」
息を止められてよろめくと腕をひねられ、折られないためには自ら倒れこむしかない。
観客席のアイシャはモニカの力量が『自分と互角』に見えた。
節操なく降参できる柔軟さも持ちながら、最大限に勝ち筋を探し、正確にこなす度胸まである。
しかし相手が悪い。動きが一段違う上、モニカの才質に欲情していた。
「この場でないと、貴方はつきあってくれそうにない」
モニカの腕をねじって地面へ押さえつけながら、卑猥に語りかける。
勝敗はすでに明らかだが、鉄針は蹴り飛ばされた。
「おあいにく。その気もない手習いを押しつけられたって、翌朝まではおぼえていられない性質でして」
モニカは酔客をあしらうように答えながら、鉄針の位置へ視線を向ける。
アンレイの動きがぴたりと止まり、モニカは強い悪寒をおぼえた。
「やはり、抱えた空虚も私と近い。その耳鼻や乳房を削いだところで貴方は屈しないだろう。しかし『別の生きかた』を奪っておけば、私の道連れに近づきそうでもある……だから、抗ったほうがいい」
モニカは腕を放され、即座に身をひねる。
アンレイの蹴り上げが耳をかすり、頬を裂き、いくすじかの銀髪も散らしていた。
モニカはさらに転がり、アンレイの振り下ろした踵も避ける。
鉄針へ飛びつくように見せかけて、真後ろへ跳ねてアンレイの出足を捕えた。
同時にアンレイはぐにゃりとのけぞり、モニカが崩そうとした重心を逃がしながらモニカの脚を捕える。
それからは互いの手足と体勢を盤面の駒のごとく変えあい、めまぐるしく自由を奪いあった。
観客席のアイシャは冷や汗を浮かべる。
戦場や護身のための武芸なら、組み技は『別の敵にも対処しやすい様式』に収まるはずだった。
それを無視して寝ころぶなどの『一騎打ちに特化した組み技』なら、この闘技場でも有利になれるかと思ったが、そちらまで発達している。
『アタシがモニカとやりあったら、斧をくぐられて捕まるだけでも終わるじゃねえか』
アイシャは重い斧を捨てて組みつく奇襲も考えた上で武器に選んでいた。
しかし自分が使える『いくつかの組み打ち』を少し変えて工夫する程度では、あっさり対処されそうな技巧の応酬を見せつけられている。
わずかな間に把握しきれない数の駆け引きが詰めこまれていた。
モニカはもう片方の袖をつかむ機転でアンレイの両脚を片腕で抑えこみ、有利な体勢へ近づく。
ついにモニカが背をとると、動きが止まった。
審判の宣言によって、アンレイの降参が伝えられる。
観衆の罵声が沸く中で、スールも露骨に落胆していた。
「あ~ああ。お師匠様はまたやらかしたか」
モニカもまぐれを狙えそうな実力は持っていたし、背にまわれたら髪剣はアンレイ自身へとどめを刺す手段にも使えてしまう。
それでも締まらない降参だった。
最初からモニカに降参されていたのに拒否して、組み伏せてもいたのに見逃がして、あげく格下に逆転勝利を許してしまった。
「というかあの髪につけた剣は結局、使わないのかよ?」
「せっかく目立つヘンテコ武器なのに、めったに披露してくれないあたりまでチグハグだよね」
スールは嘲笑しながら、目つきに未練がこもる。
「モニカちゃんもわかってそうだけど、お師匠様はまだ逆転できる手順を残していたと思う。でも……もしかすると『戦えなくなった』のは本心かな?」
さらに陰鬱に声を低めながら、哀しげな表情も見せた。
「『青鬼』先輩みたいなザコに負けた時も、ちょっとばかり巧くいった不意打ちに押しこまれただけで驚きやがって……」
「そんな中途半端なやつが『四強』か? いやまあ、ふざけ半分でも中堅以下じゃめったに勝てねえだろうが」
「モニカちゃんと同じく勝敗なんてどうでもいい様子だけど、お師匠さまは戦う意欲だけは狂ったように抱えているから最悪だよね」
アイシャは女剣闘で最強の四人と、それらに鍛えられている猛者連中のやっかいさをうんざりするほど学びながらも、奇妙な違和感をおぼえた。
大陸でもありえないほど充実した女剣闘のはずだったが、なぜか『何かが足りない』と直感する。
この時はまだ『アタシの探りかたが足りねえのかな?』という程度に考えていた。
ただ、どこかおぼえのある空虚にも思えた。
まだ新参のアイシャは貴賓席が静かすぎることや、領主の側近マリネラが玉座の様子を気にかけている緊張などは察しがたい。
玉座にもたれる黒髪褐色肌の美女は泥酔者か廃人のようで、裸同然の格好も含めて悪趣味な性奴隷にしか見えない。
アイシャにとってはじめての競技祭が終わり、より節操なく立ちまわる決意を強固にしていた。
まずは食堂で、最古参の『黒鬼ブムバ』と『青鬼ルネンバ』へすり寄っておく。
「いくら負傷中とはいえ、あの『四強』を負かした凄腕でしょう? 実質は上位陣なみの姐さんがたなら、生き残りの秘訣も詳しそうなんで」
ふたりは安定した中堅の猛者だったが、上位陣には近づけない伸び悩みも続いている。
適当におだてたつもりが、不機嫌そうな声を返された。
「んだ新人、てめオレらより強いくせに頭わりいんか? あれっぽちの傷で『四強』に勝てりゃ苦労すっかよ。まぐれも重なってようやくだ。あんなおこぼれ二度とあってたまるか」
ブムバは単純すぎて、実力差までそのままにしか受けとれない。
ルネンバは臆病すぎて、どこまでも後ろ向きな見解しかできない。
「おだてなくていいよ~う。アンタほど器用な切れ者なら、すぐに伸びそうだしさ~あ。もし次の試合ではちあわせたら、命ごいしづらくなるじゃないさ~あ」
そう言われてもアイシャは杯を手渡す。
「そういう開けっぴろげな口ぶりはもっと聞かせてもらいたいんで。お近づきの一杯くらいは勧めさせてくださいよ~お」
なれなれしく愛想笑いをしながら『まあ実際、まんざら嫌いじゃねえかも』という気もしていた。
剣闘場で長く生き残れるだけの『単純』や『臆病』も、当人には向いた長所に思える。
「つうかよう、なんでオレらはまだくたばってねえんだ?」
「別に生きてたって、いいじゃないさ~あ。でも、なんでだろうね~え?」
「オレらより古い現役はもう『甲羅のおばば』と『ヘルガ』くれえか?」
「おばばはこの前、そのヘルガに首を折られちまったろ~う?」
「けどあのババア、くたばったかと思ったころにもどってきやがるから、もう一回くれえは墓から出てこねえかな? さすがにもう無理か?」
「首だもんねえ。おばばはめっきり勝てなくなっていたし、それでもしぶとくしのいでいたけど、さすがにツキも品切れだったらしいね~え?」
かつて最古参だった年配の女剣闘士『甲羅のヨルジュ』は堅固な守りを得意としていた。
しかし武器の選択権を与えられて小剣から両手の小盾に変えて以来、戦績を下げ続ける。
教官も充実しはじめた時期で、守り主体で圧せるような未熟者は減り続けていた。
むしろ致命傷を負わされにくい安心感が攻めやすさになってしまう。
さらには招聘された各地の強豪が相手では、奇襲の一撃に賭けにくい武器の不利が際立った。
剣闘興行の改革が、ことごとく不幸へつながった末に消え去る。
「そうなるともう、あの狭い地下牢を知っているだけでも、現役じゃオレらとシェギーの姐御くれえかよ」
「今じゃヒルダの姐さんが現役だったころを知っているだけでも古株さ~あ」
アイシャはまめに酌をして、相槌を打ち、感心して見せて、敵にも味方にもなりうる剣闘士たちの話題を引き出す。
四強に次ぐ戦績では古株の『氷結のシェギー』『独眼鬼ディボナ』『舞姫スール』の三人が安定して上位陣に入っていた。
シェギーはかつての好敵手『灼熱のヒルダ』から「もうアタシより上だろ」と評されるほど腕を上げ、解放までの勝ち越しもわずかになっている。
対してディボナは押し勝ちにくい相手が増えて、攻撃偏重の装備が深手の負いやすさにもなり、戦績を落としていた。
シェギーとディボナはチャンピオン経験者でもある。
格づけは十戦以上での勝率で競われるため『灼熱のヒルダ』が引退して『四強』が十戦をこなすまでのごく短い一時期だけ、名目上の首位になれた。
スールだけはチャンピオンになれる機会を逃がしている。
それでもかつての不調を抜けて、最も『四強』に近い賭け率で評されていた。
ほかにも新人では『石像ポリフォン』『闘兵ラディエッタ』『調教師ムカパペキ』という大柄な三人組が上位陣なみの期待を受けている。
三人はほかの剣闘士を拒絶していて、あまり詳しい情報がない。
中堅では『八つ裂きミランダ』『泣き虫テルミン』『空飛ぶノーマ』の三人が上位陣に迫るとみなされ、先日の競技祭からは新人の『流れ巫女モニカ』と『海の女帝アイシャ』も同じくらいの賭け金を集めている。
ミランダは名の知れた暗殺者で、刃物さばきの達人だったが『四強』には勝ち目がない「期待はずれ」と思われていた。
テルミンは人喰いの殺人鬼で、アンレイがその凶暴性を好んで練習相手として鍛えてしまい、ほかの剣闘士たちから迷惑がられている。
技量が上がるだけではなく、対戦相手の死亡率まで上がっていた。
アンレイの苛烈な指導で、被害妄想が病的に悪化したとも噂されている。
ノーマという少女は小柄ながらも身軽で勘がよく、人気は高いが欠場も多く、明るく人なつこいが過去は誰も知らない。
ほかには古参の『黒鬼ブムバ』『青鬼ルネンバ』『愛しのヘルガ』『人狩りジュリカ』『赤薔薇ジェンコ』あたりは安定して中堅に入っていた。
ジュリカは廃業した暗殺者で、悪魔公の首を狙って渡航したはずが、所属組織と依頼人が揉めて共倒れに消えてしまい、途方にくれている。
ジェンコの本業は盗賊で、密偵などを請け負うこともあるが、裏切って情報を売ることも多く、ほうぼうの怒りを集めて島へ逃げてきた。
スールやモニカによれば『黄金のイングリース』もすでに中堅なみに腕を上げ、戦績もじわじわ勝ち越しへ近づいている。
逆にスールの妹弟子『雲雀のキアリア』は不調を重ね、中堅から下位に落ちていた。
また『砂鮫スビア』や『魔女リュシャニヤ』は古参ながらも中堅に届かない下位どまりのまま長く生きのびている。
スビアなどはアイシャよりもさらに少し若いが、この島の闘技場では一年十試合をこなせば戦績はどうあれ一人前のベテランと認められ、格付けを与えられる。
三十戦を超えるスビアは十分すぎる大ベテランだった。
「しゃっけどオレ、ブムバの姐さんにはいまだに『最近のやつら』とかまとめられるっす。というかアイシャの姐さん、ここじゃ強いやつが『姐さん』っすから。弱いままじゃ呼びかたは『ガキ』から『ババア』になるだけっす」
「いやスビアちゃんよう、それだとアタシの姐さんも増えすぎておぼえきれねえよ。それに古参でそこまで腰低くできるスビアちゃんも尊敬しちまわあ」
「逆っすよ。いきがって長生きできるザコはいねえっす。用心深くてもツキがなけりゃそれまでっすけど」
スビアの口ぶりは軽いが、あっさりとわりきれる性格も才能のひとつだとアイシャは考える。
「あ~あ。ここにゃ四強や上位陣とか、ざっくり十人はアタシより格上がいて、中堅くらいの十人もアタシと互角かそれ以上ってところか? それでツキ以外にどう生き残れってんだ? というか下位のスビアちゃんでもぜんぜん油断できねえ腕前なのに……」
「追い打ちであれっすけど、来月もその次も、やべえのがどっさり入荷されるらしいっすよ?」
「ほほ~う? そうなるとアタシがやるべきことはひとつ……」
アイシャが酒壺を一気に飲み干しにかかり、スビアは遠慮気味に呆れる。
「ヤケ酒っすか? 『女帝』がすでにしてヤケ酒っすか?」
「にゃんじゃこら~? ほかにいい手があるなら言ってみろやスビ公~」
アイシャは肩を組んでつきあい酒を強要しながら、耳の味見までした。
近くにいたモニカは衛兵たちが来る前にアイシャをたしなめてやるが、節操なく『人の縁』を広げる手腕には感心している。
「お、巫女の姐さんにはふたりきりでじっくり教えてほしいことがあってさ。アンタの部屋っていい寝床ある?」
「それだとまるきり娼婦の誘い文句でしょうが。それで私にはどんなご利益が?」
「アタシみたいないい女の体を好き勝手にさせてやるっての。さあ行こー、しけこもー」
娼客のようにモニカを強引に連れ出し、ふたたび衛兵たちの警戒を集めてしまう。
一部の剣闘士たちは無関心を装いながらも、急成長している新鋭『流れ巫女モニカ』がなんやかやとアイシャへ目をかけている様子は気にしていた。
モニカは嫌々そうに自室の牢へ押しこまれたが、衝立の奥へ入るとアイシャを寝台へ押したおして微笑する。
「どうせ組み技が目当てでしょう?」
「あのクソ重い斧での勝ち目がだいぶ変わるだろ? 高く買わせろよ」
モニカは上体を起こして格子へ目を向ける。
巡回の衛兵が立ち止まり、衝立ごしに争う物音が聞こえないかを気にしていた。
「おかまいなく。武芸の手ほどきに、組みあい舐めあうだけですから」
衛兵はからかいに抗議して槍をわざと格子へぶつけたが、それだけで肩をすくめて立ち去る。
モニカはくすくす笑いながらも、アイシャの手首をおもむろにねじった。
「高く売りつけようにも、なにを求めればよいものやら」
アイシャが抜けようと体をよじると、脚がからんで体勢を換えられ、肩を押さえられそうになる。
「アンタは欲しいものなんて、とっくに失くしちまったような口ぶりだな?」
とっさに足をかけてあがこうとしたが、じわじわと固めきられてしまう。
「そうでもないけど? この島は男娼まで豪勢にそろえていらっしゃるし」
「え。なにそれ。くわしく……いたたたっ」
「まずは勝てないと、遊べる賞金も手にできないでしょうに。でも組み技は、ほかでも習っていた御様子ねえ?」
アイシャの腕を放し、また別のとり口から体をからませて探りあう。
「アタシに剣を仕込んだ男は、このへんも巧かったから。そいつの寝床で乱交ついでに教えてもらったけど、もっとまじめに乱交しときゃよかったな~」
「なにも乱交しなくたって習えるでしょうが……そうでもないの? どんな旦那様?」
「それがキザな伊達男でさ。近海でも随一の見事な度量と肉棒だったね」
「え。なにそれ。くわしく……いたたたっ」
アイシャは飲みこみの勘がいい。
しかしそれだけに、意欲がないまま素質だけでこなしている気配もモニカは肌で感じとる。
自身とよく似てそうな孤独へ、吸いついてみたくなった。




