第十三話 修羅の楽園 二 炎の虎
アイシャが観戦した『八つ裂きミランダ』の身のこなしと早業は、やはり『袋だたきかだましうちの用意がなけりゃ逃げるべき。正面から勝とうとするなら、手足の一本はくれてやるつもりじゃねえと』だった。
しかしそれよりはるかに大きな問題は『八つ裂き』の嵐を受け流し、見切りかわして、木剣の一撃で気絶させた試合相手の巨体女だった。
「なにあのバケモノ?」
圧倒的な体格と腕力で押しきるだけでも勝てそうだったが、無傷での完勝となると技量まで尋常ではない。
あまりに絶望的な『女巨人ヒュグテ』の武力に放心するばかりだった。
「この島の剣闘て結局、いずれあのバケモノに頭かちわられるだけの公開処刑?」
観客席でアイシャと肩を並べる美女たちは乾いた笑顔を見せる。
遊女じみた格好のモニカもひらひらと手をふっていた。
「それで満足してくださるほど優しいお客がたでもないのよねえ?」
「いや、あんなの女装させた熊でもぶつけねえと勝負にならねえだろ?」
「たしかにヒュグテさんは十戦十勝無敗のチャンピオンだけども。同じ『四強』ならいい勝負だし、お客さんの興味もみんなそっちねえ?」
驚くアイシャに、モニカとは反対側にいた『舞姫スール』が胸をもんでくる。
「アイシャちゃんたら『いい勝負のバケモノが、あと三人もいるのかよ』って顔に出ちゃってるよ?」
アイシャの右眼はまだ痛んでいた。
スールもそれを知っていて頬をつつくのは避け、代わりに右乳房をもみしだいている。
それはともかくも前日、アイシャはスールから強引に訓練場へ誘われていた。
宿舎牢の格子にはりつくスールはしつこかった。
「まだ痛むんだよね? それに右眼を失くしたばかりで、死角を補う立ちまわりにも慣れてない……みんなもそれくらい気づいてるってば」
アイシャは決闘での弱味となる右眼の影響を隠して『珍しい形状の片刃斧』を訓練する様子も見せないために、療養と称して自分の牢に引きこもり続けていた。
「本気は見せなくてもいいから、病みあがりの調整くらいに打ち合ってみてよ? 明日の私の相手はもう決まっているし……得意な武器は?」
スールは有無を言わさない笑顔で威圧するが、アイシャは『敵意まではなさそうだし、てめえの都合だけでの誘いでもなさそうだな?』と感じる。
勘は当った。
スールの腕は思っていた以上で、試しておいて助かった。
アイシャはスールの『短い木剣の両手持ち』に合わせたが、海賊時代も両手に短剣を持つことは多かったので得意な装備でもある。
しかし両目が無事だったとしても、さばききれる手数と身のこなしではない。
当たる手前で止めてもらえたが、もし実戦なら何度も刻まれている。
女ではこれまで見たこともない技量の達人だった。
アイシャはようやく一撃だけ返せる。ごく浅く。
「もしかして、アンタがこの島での最強だったりする?」
スールはゆがんだ薄笑いでしばらく沈黙した。
「……その成りそこね。あと少しだったのに、やたら強い人がわんさか入ってきて……ん? 痛んできた? 止めとく?」
打ち合っている間に右眼の痛みがひどくなっていた。
「だいぶ慣れたけどね。息切れするまで暴れても、体の力が抜けるほどじゃねえ」
「だけど『激痛をこらえて実は苦しい』ふりをしておく? わたしもそれに合わせて心配してあげよっか?」
話が早い。いろいろと敵にまわしたくない切れ者だった。
「アイシャちゃんの素質は、少しくらいなら見込みもあるかな? わたしも人のことをえらそうに言える天才様ではないけど。だからこそ試合でかちあうまでは仲良くしておかない?」
「姐さんて呼んでいい?」
アイシャはスールこそ媚びるべき相手と見込んで、素早くすり寄る。
そんな節操のなさこそを誇りにしている。
そのスールがアイシャの胸を揉む手を止めると、どこまでも暗い笑顔をひきつらせた。
「あのヒュグテ様と張りあえるバケモノが、まだ三匹もいらっしゃるのよ。わたしはこれまでそいつらに全敗。それも圧倒的な完敗ばかりね?」
「…………とんでもねーとこへぶちこまれたなアタシ」
「でもアイシャちゃんはまだ伸びそうだし、どうにかあいつらの手足の一本くらいは相討ちに奪ってほしいかな?」
「ここでは賊にまで武芸の稽古をつけちまうのか?」
「わたしの師匠なんか、人喰い殺人鬼を相手に組み技の練習をしているし。素質さえあれば、なんでも見境なしに育て上げちゃうのが『地獄の島』の流儀かしらね~?」
衛兵がアイシャへ声をかけ、スールは同情するように肩をたたく。
「アイシャちゃんもマリネラ様に見込まれているのか嫌われているのか……最初から『四強』とはね~? 死んだらだめだよ~?」
片目を奪われたばかりで最強の一角をぶつけられるなど、つぶす意図しか感じられない。
しかし試合場へ出たアイシャは、対戦相手の『赤虎タヌム』を見て眉をしかめた。
「あっはは! アンタが噂に聞いた『海の女帝』かい!? 意外に細いけど、右眼をとられたばかりにしては隙がなさそうだ!」
そう言うタヌム自身も頭の右半分を包帯で覆い、さらには右腕も添え木で固定している。
「いやアンタこそ、骨でも折れてんの?」
「斧をまともに受けちまったからね! だけどもう三ヶ月も前だから、だいぶ治ってきた! 右腕でも一回くらいなら殴れそうだ! 右眼も目玉は残っているから、ぼんやり光は感じられるし、少しずつマシになっている!」
アイシャは自分よりひどそうなケガ人が対戦相手に選ばれた理由を考える。
実力を低く見積もられて侮辱されているのか?
初戦だから有利にしてくれたのか?
どちらもありえなくもないが、これまで島のあれこれを見た限り、もっと気色悪い『正しさ』や『公平さ』で判断されている気がした。
「アンタの目つきは勝負を捨ててない! いいねえ! 遠慮するこたないよ! アタシは先月もその前も勝っている!」
「そのケガの直後から出場しているのかよ」
アイシャは自分もかなりの無茶をしている自覚はあった。
闘技場の決まりごとを説明された当初は『不戦敗の借金なんざ踏み倒せばいいから、限度いっぱい借りまくって、ここの領主の金で療養と飲み食いしながら逃げかたでも探そ』と考えている。
しかしひと呼吸おくと『やけに居つきやすい場所』に整えられている不自然さが気にさわった。
スールやモニカは、自分がこれまでやりとりした相手の中でもかなり頭のきれる者たちだったが、そんな彼女たちでさえ行儀よく『収められいる』姿が気に食わない。
あれほどの連中が、妙に物騒さを抑えられていた。
この島の制度に甘えると、性根までいじくられそうな不快感をおぼえる。
だから互いをろくに知らないうちに、なにかしら出鼻をたたく必要を感じた。
「いいねえアイシャ……その顔つきはまだ『地獄の島』にのまれていない」
いやな相手だ。
この島の連中に出会い頭の啖呵をきるなら『最強の一角』と早々にやりあえてよかったかもしれないが……
そんな自分の意図を嗅ぎつけて喜ぶような『親切な相手』を選んできやがった気がする。
あの仮面みたいな顔をしたクソドチビの陰険さなら、そこまで手の込んだ挑発もやりかねない。
……と『海の女帝』らしく不満を思い浮かべた上で、不要な誇りは投げ捨てにかかる。
目の前の試合に生き残れる自信はだいぶ薄れていた。
まず『赤虎タヌム』はなにがどう危険なのか、見ても話しても漠然とした察しすらつかない。
アイシャは成人男子なみの長身だったが、タヌムはひとまわり大きく太く、殴り合いや力比べは避けないとまずい相手に見える。
しかしその程度で、しかも武器が『盾』だけなのに、あの『女巨人ヒュグテ』の体格、腕力、技量と『いい勝負』をできる理由が見当たらない。
開始の鐘が鳴らされても、アイシャは考え続けていた。
右眼と右腕をろくに使えない相手なら、じっくりとケガを攻めて手堅く勝つ……などと定石に囚われてはまずそうな直感が走る。
タヌムはおもむろにまっすぐ近づいて、そのまま左腕の盾で殴りかかってくる。
あまりに素直な正面からの攻撃だったが、妙に逃げにくかった。
アイシャもまた素直に、片目のない視界を補うため半身になり、重い斧はむやみに振らないで、左拳を前にかまえ、慎重な低い蹴りで牽制していた。
蹴りは当ったが、角度が悪くなってほとんどはじかれてしまう。
盾は左腕で受け流したつもりが、思った以上にふっとばされていた。
ただのまぐれに見える打ちどころの良し悪しでも、技量と経験と素質でその頻度は大きく変わる。
タヌムの一撃は、なぜか『ツキではない』と感じさせる圧迫がこもっていた。
アイシャは大きく後ずさってよろけた拍子に、いっそ体をひるがえしながら背後も見ないで片刃斧を足首の高さで旋回させる。
偶然を利用したので、手筋で読めるような組み立てではない。
相手の目がいいか慎重であれば、踏みこまなくて空振りになり、隙を突かれる危険も大きい賭けだった。
「いいねえ!?」
まさか飛び蹴りをくらうとは思わなかった。
くらった肩を痛めるほどの強さではなかったが、砂地に転がされてあせる。
(あの近さで、あんな半端な飛び蹴り!? アタシが素直に踏みとどまってりゃ、かわしながら斧をたたきこめたじゃねえか!?)
アイシャは剣を習いはじめた当初から『勘がいい』と言われるほうだったが、むしろなぜみんな『おいしい狙い目』を見逃すのか不思議だった。
タヌムもなにか、ごく自然に『見えているもの』が異なる。
性格も打ち筋もまっすぐなようで、妖術でもかけられた気分にさせられる。
「さすが『海の女帝』だ! 勘もいいが、度胸もいい!」
「顔も品もいいんだよ!」
怒鳴りながら体を起こしてひざ立ちに斧を振りまわし、相手の腹をねらうふりをする。
アイシャの斧は刃が広くて長いものの、刀身の背の中央に持ち手があるため間合は手斧と大差がない。
握り穴は片手ぶんしかないし、大振りに旋回させる以外では刃筋を通しにくい。
アイシャもひと目で『かいくぐられてやられるか、自分の手足を切りたいアホが使う武器だな』と思ったが『それはそれで使いようか?』と思いなおして選択していた。
旋回中でも握りがゆるむと『振りにくい広刃』はひらりと下へ向いてしまう。
アイシャはわざと利用した。
立ち上がるそぶりで倒れこみ、相手の足先を狙う。
タヌムの勘がバケモノじみてそうだから、そこでの勝負には期待しない。
不意を突く小細工で、反応できても間に合わない仕掛けに賭けた。
できればつま先を切断して動きを止めたかったが、踵を深く裂けただけでも十分だった。
「うっわ!? やるね……!?」
あとは転がり逃げて間合をとりたかったが、まさか背中へ肘を落とされるとは思わなかった。
「ぶっぐ!?」
踵を斬られてよろけた拍子に、いっそ相手の上へ倒れこむ瞬時の判断……勘がバケモノそのもの。
地面でもつれあっての殴り合いになると、足の負傷よりも腕力の差が出た。
それでも腕一本の差は大きいはずだったが、そう期待した甘さで、タヌムの右肘をまともにくらってしまう。
「あはは! 折れた骨にもズキズキくる! 婆さん先生にまた怒られそうだ!」
あとはろくに抵抗もできないまま、左腕の盾で殴られ続けた。
「降参したい? ……いいよ!」
声を出せないからうなずくと、即答が返ったので斧を手放す。
頭を殴られまくったせいで右眼の痛みはひどくなっていたが、その右眼だけは殴られなかったことがみじめだった。
「ああ悪い。手加減する気はなかったのに、右眼に当ててなかった」
「殴り足さなくていいからな?」
頭まで筋肉が詰まってそうな暑苦しさなのに、変に鋭い。
動物が人間にはわからない物音やにおいと暮らす姿に似ている。
「思い出した……五人の殿で百人以上も返り討ちに仕留め、十人の奇襲で千対五千の不利を逆転させた不死身の傭兵『魔神タヌム』『密林の魔女タヌム』『赤虎タヌム』……噂話のくせに尾ひれついてないのかよ」
「おおげさだよ。生き残れなかった連中も入れたら、その倍はいた。まあ『海の女帝』が『絶世の美女』って噂も言い過ぎだけど、いい女ってのは噂どおりだ」
その噂はアイシャが子分たちに強制して広めさせていた。
アイシャは腫れあがった顔でふらふらと退場しながら、観客の様子が気になる。
ぼろぼろの負け犬にまで、やけに声援を飛ばしていた。
女剣闘士の客席へもどって、事態を理解しはじめる。
てっきり軽侮されるものかと思っていたが、驚くような視線と、好奇の目……抱きついてくるスール。
「ごめんアイシャちゃん! 初戦で『赤虎』さんに一太刀くらわすなんて、おみそれしました~!」
「おいおい……あいつら『四強』が相手じゃ、こんな惨敗すら『珍しい善戦』なのかよ? ほんと、とんでもねーな……」
アイシャは長期戦を覚悟しはじめていた。
島や闘技場の決まりごとを守る気などさらさらなかったが、女剣闘士だけでも不穏な才人が多すぎる。
それらを飼いならせる連中なら見くびれない。
しかし剣闘士たちは厚遇されていながら、領主へ平伏して忠誠を捧げている様子でもない。
逸材が多いだけに、まずは手の組みかたから考えるほうが、なにをやるにも近道になりそうだった。




