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第十三話 修羅の楽園 一 迷いこんだ酔っぱらい


 女剣闘士『四強』の全盛期からずっと後、彼女たちを知らない『黒猫ルチカ』は『酔っぱらいのアイシャ』を見ながら首をかしげる。


「アイシャさんが『歴代最弱のチャンピオン』を自称するのはともかく、ほかのチャンピオンはそこまで強かったんですか? 同じ人間なら刺せば死にますよね?」


「ばかやろ。それなら試しに審判のおばはんでもつついてみやがれ。あの『鴉のブレイロ』が現役なら、アタシとふたりがかりでも返り討ちだっての」


 ルチカも審判ブレイロに関しては、試合終了時に仲裁する手際、試合場へ入り込んだ暴漢を次々と斬り伏せる技量を見ていた。


「ま、アタシは謙虚だから? 本音で言や、ぬるい時期に勝ち抜けした『灼熱のヒルダ』とか、その後に形だけチャンピオンになれた時期もある『氷結のシェギー』や『独眼鬼ディボナ』よりも格下とは思っちゃいねえが、あの『四強』とかは……」


 アイシャはそこまで言って、げんなりと口をつぐむ。

 隣にいた銀髪の美女『ささやくモニカ』も顔を暗くして酒の酌をした。


「あのバケモノ連中さんが居座っていた時分には、今の上位陣なんか、みんなまとめて中堅みたいな扱いだったものねえ? 私だって、ここへ入った頃よりはだいぶ鍛えていただいたつもりだけども……うん。今でもぜんっぜん勝てる気しにゃ~い」


 モニカも酒をあおってしどけなく笑う。

 アイシャは嫌そうに指折り数えた。


「『鴉』『赤虎』『女巨人』『闘鬼』……無理無理。そこに最多連勝の『神将』だの、自称じゃねえ『壊し屋』まで入って……うん。やっぱりアタシ、生き残っただけでもしゅご~い。えらいぞアイシャちゃん。最弱チャンプばんじゃ~い」


 それほど腕の立つ剣闘士がそろっていたなら、なぜこれほど自堕落なふたりが勝率トップへ君臨する有様になってしまったのか、ルチカには想像しがたい。


「みんなアタシみたいに冗談でチャンピオンやってるような連中じゃねえから、しんどかったわ~。ほんと、とんでもねー時にぶちこみやがって……いや、襲ったのはこっちだけど。アタシは呑んだくれていただけなのに……まあ、呑みつぶれていたせいなんだけど」


 海賊だったアイシャは『海の女帝』という異名で知られていたころから、すでに酒びたりの毎日だった。


「いい男に次々と死なれちゃ、荒れてぐだぐだにもなるわな~? そしたら手下のアホどもが勝手に仕事をやらかしやがって。しかもよりにもよって海賊連中すら近寄らねえ『海賊狩りの地獄船』に手を出しちまったわけよ?」


 手下は壊滅し、アイシャは右眼を奪われて捕縛される。

 奇妙なことに、目を突き刺した張本人に手厚い看護を受け、縛り首を避けるための提案まで出された。


「あのバケモノチビ、人様の片目をつぶしておいて『期待したほどではなさそうですが、かませ犬くらいにはなれそうです』ときやがった。まったくもってそのとおりだったから笑えやしねえ! けひゃひゃひゃひゃ!」


 ルチカはアイシャの奇人変人ぶりを救いがたいと思いつつ、それを平然と飼い続ける者たちの異常性も考えずにはいられない。



 アイシャも飼われはじめた当初は不敵な笑みで周囲を牽制し、脱走の糸口を探っていた。

 意外に早くあきらめがついた。

 島に着いた当初から警備体制の完成度は見てとれたが、かなりの使い手らしき剣闘士たちが自由に気楽に歩きまわっていたので『脱走する必要がないし、割に合わない』と察する。

 領主の側近マリネラの説明どおり『どんな大罪人であれ、剣闘士になれば戦績次第で望みのまま』らしい。

 それでも気にくわない。

 自分を捕えた相手の悪趣味で生かされ食わされる暮らしもだが、居心地のよさが気色悪い。


「大理石のブタ小屋に喜べってか?」


 そんな軽口をたたいても、案内の衛兵は殴るどころか噴き出し笑いをこらえ、近くの剣闘士と『おもしろい新人が入った』とばかりにうなずき合う。

 アイシャの海賊団は壊滅したが、この島の船員だって何人も殺されているし『領主側近の船』を襲った重罪のはずだった。

 その頭目が処刑されないまま、拷問にかけられたり犯され続けた後でもないのに『出稼ぎのよそ者』くらいに扱われている。

 この『地獄の島』は住民ごと、どこか歪んで壊れている。

 まともな悪人よりもたちが悪そうだった。



 闘技場の宿舎を案内される途中、狭い廊下の分岐で長身の女を見かける。

 すぐに尋常でない凄腕とわかった。

 なにげなく水飲み場へ来たような動きだったが、一瞬の視線で斬り刻むようにアイシャの技量や胆力を測っている。


「どーも。新顔のかませ犬、アイシャちゃんですよろしくー」


 目をそらされ、無視された。

 しかし隙の無さや落ち着きぶりから推して、自分と互角かそれ以上……この闘技場の『ケンカごっこ』につきあうなら、避けて通れない最終関門かと思う。

 すれ違った後で、案内の衛兵に探りを入れてみた。


「アタシは縛り首の代わりに、さっきのやばそうなねーちゃんに首をはねられるわけ?」


「いやもう少し粘れよ。あの『八つ裂きミランダ』も剣さばきは巧いが、中堅選手ごときに首をとられたら『煮干の女帝』とか呼ばれかねんぞ?」


「中堅?」


 アイシャは自分の見込み違いかと思ったが、ミランダという暗殺者の噂は聞き覚えがあった。

 愛人になって寝首をかくような手口ではなく、せいぜい露出の多い格好で油断させる程度で、のどや手足を瞬時に裂いて声と物音から殺す。

 傭兵や軍人であろうと仕留め、護衛や目撃者も巻きぞえに斬り刻んで楽しむ凄腕の異常者だという。


「マリネラ様も心配なさっているから、目の具合が悪ければ遠慮なく言えよ? もちろん賊ごときの命など哀れむ必要もないが、剣闘士として期待はずれでは誰もが困るのだ」


 まじめに気づかわれて、アイシャは『地獄の島』のねじくれぶりがさらに根深く感じられる。



 食堂へ入ると、さらなる予想外のだめ押しが待っていた。

 何人もの薄着の美女たちが談笑し、アイシャを見かけると友人のごとく手をふってくる。


「いらっしゃ~い! マリネラ様とやりあったって本当!? どれくらい打ち合えた!? というか『海の女帝』ちゃんで合ってるよね!?」


 なれなれしい褐色肌の踊り子は後で『舞姫スール』と知った。

 ほかにも『赤薔薇あかばらジェンコ』や『空飛ぶノーマ』など、たまたまとはいえ高級娼館にしか見えない顔ぶれが集まっている。


「え、なに? やっぱりアタシこれからしゃぶりかたとか仕込まれるの? 犯した女同士で戦わせる趣味のクソヘンタイ?」


「きゃはは! 領主様のご趣味はともかく、そんな公演だと来るお客さんも限られちゃうってば!」


 傷痕、仕草、それに会話への反応などから、思ったほど穏やかな連中でもなさそうだった。

 それどころかだんだんと『八つ裂きミランダ』に負けず劣らずの猛獣の群れへ踏みこんだ気配を感じる。

 この時のアイシャにとっては『地獄の島』そのものが敵地であり、剣闘士はすべて殺し合う可能性が高い相手で、慎重に探りを入れておかねば命に関わる存在だった。


「あのクソドチビとやりあった話でアタシの腕前をばらすのはかまわねえけど、まず酒をくれ。右目が痛むのに、この兵隊さんたら薬草を食わせようなんて野暮を言いやがるし……」


 ちょうど手前、この場では新入りらしき末席の銀髪女が葡萄酒の壺を突き出す。


「歓迎のお祝いに、どうぞ? でも新顔さん、斬り合う相手の贈るお酒なんて、信じてだいじょうぶ?」


 そう言う本人も『殺し合いの先輩がた』の前でしどけなく呑んだくれていたが、態度と裏腹に静かな口調は深く響く心地よさがあった。

 その色白肌の美貌はこの場でさえ目立つほどで、切れ長の妖艶な瞳は思慮の底が見えない。

 アイシャは『品と頭のよさを隠すため、やさぐれたふりでなじんでやがるのか?』などと考えながら、酒壺は渡されるなり喉へ流しこみ続けていた。

 最後の一口は銀髪女へ口移しに返杯する。


「毒見も問題なさそうだ」


「ちょいと、それは自分で口をつける前にやらせるものでしょうが……もう」


 呆れながら、ころころと笑っていた。

 いたずらに入れてみた舌の触れ合いでは、そちらも堪能らしい。



 後に『黒猫ルチカ』は『ささやくモニカ』に『酔っぱらいのアイシャ』との出会いについて聞いたことがある。


「はじめから気が合っていたかもね。あの『黄金時代』なんて呼ばれる群雄割拠が盛り上がる中で、実力どうこうとは別に取り残されていたから。どうにもどうしても、冷めた目でしか見られないひねくれ者同士だったから」


 そう教える前に、なぜかルチカの唇を奪って舌まで犯した理由の説明はなかった。




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