第十二話 雌雄を逸する 三
男剣闘の人気再興が目的だった『男女の最上位四人同士』の特別試合が悲惨な裏目に出た翌月。
男剣闘の興行はチャンピオンが重傷で休場し、それに対抗しうる三人も出場が危ぶまれる負傷を抱えていた。
観客はさらに減って空席が目立ち、賭け札の売り場でも「華のある猛者がさらに減ったなあ?」「漁を休んで来たのに……」など不満の声が多い。
窓口の係まで「これじゃ男剣闘士どもは、女剣闘士に食わせてもらっているヒモじゃねえか」などと陰口をささやく。
こわもての巨漢ブロンゾはこの月にただひとりの新人として出場し、下位ベテランと中堅に連勝した。
ブロンゾの装備はチャンピオン『火炎竜ノルキール』と同じ短槍で、防具は鉄製の脛当てだけ。
小手も胴鎧もない代わり、槍は杖に近い長さで、鉄製の小さな穂先がついている。
よく言えば体格を活かした堅実な選択だったが、地味なので話題は盛り上がらない。
「投石器使い『粘泥エルキーネ』対、短槍使い『沈黙のブロンゾ』!」
初戦の相手は下位ベテランだったが、体格ではブロンゾにひけをとらない。
不潔そうな肥満男で、武器は革紐の『投石器』だが、弾は粘土玉が三つきり。
「くらってみなよ~!? ほらさ~あ!?」
弾丸は拳骨なみの威力はあったが、骨折させるなどの決定打にはなりにくい。
あとは革紐が丈夫なため、巨体の怪力を活かした首絞めなどにも使える。
ブロンゾは粘土玉をかわして肩口を刺し、あまりに難なく勝ってしまった。
そして観客が求めるよりも早く、連戦を申請して喝采を浴びる。
「斧使い『野獣王ベアレッド』対、短槍使い『沈黙のブロンゾ』!」
追加試合の相手も大柄で、ブロンゾよりもやや大きい。
腕脚の太さ、どっしりと均衡のとれた筋肉のつきかたも同じくらいあるが、はるかに毛深く熊じみていた。
その容姿を強調するように革の腰巻一丁で、腕や脛にも毛皮を巻き、両刃斧の大きさに武装を偏重させていた。
「一ヶ月も様子見しやがった腰抜けかと思いきや、初戦から追加試合とはな!? 調子づいてるだけか!? その肝っ玉を試してやろうじゃねえか!」
しかしベアレッドは正面からの打ち合いで無難に押しこまれ、腕を刺されて斧を落とし、早々に降参して結着する。
「おお……、おみそれしたぜ。だがアンタ、様子見なんかいらねえ腕じゃねえか?」
あっさりした試合だったが、中堅の『野獣王』まで完敗したことで、新人ブロンゾは地味ながらも『安定した猛者』との期待が高まる。
とはいえ男剣闘そのものが話題になりにくい。
「上位陣なみの腕だろ? もしかすると新チャンピオンか……女の『四強』にも少しは食い下がれねえかな?」
「いやいや、あれくらいじゃ軽くあしらわれるだろ」
物好きの間で評されても『女剣闘士のかませ犬』としての興味が中心だった。
親身な応援は『男は女より上であるべき』という信仰や『男に痛めつけられる女を見たい』などの嗜好を抱えた一部の客に偏る。
さらに翌月。
同じように新人ながらも上位陣なみと期待される『飛竜ライダスト』がブロンゾと試合を組まされる。
「ブロンゾさんよう、あんた、訓練場では組み合いの練習ばかりだったわりに、槍さばきはこの島の兵隊連中とよく似ているな?」
同じく短槍の使い手だったが、戦術は対照的だった。
どっしりかまえて迫るブロンゾに対し、ライダストは大きくふりまわしながら飛び跳ね、意表を突く角度で翻弄する。
多彩な軽業と蹴りでの牽制が攻めどころを惑わし、槍の柄尻で急転換した跳び蹴りはブロンゾにはじめて傷を与えた。
しかしライダストはその一撃までにくりだした多くの奇襲をことごとく防がれ、あせっていた。
状況打開のために懐へ飛び込んでから、失敗に気がつく。
予想以上に精密だったブロンゾの槍さばきを警戒して、自身の持ち味である大胆な跳躍も控え気味にしていた自覚が薄かった。
読まれやすい奇襲になっていた。
ライダストが槍で追撃する前に、ブロンゾは自身の槍を持ちかえないまま、片腕で相手の襟を引き上げ、足を払って投げ倒す。
「げぁっ……が!?」
ライダストは背中を砂地に打ちつけられ、槍を自ら手放した。
手を広げて降参を示すと、ブロンゾも動きを止めていた。
すぐには起き上がることもできなかったため、賢明な判断になる。
「ぐえ……っ、わざわざ、あんたがバカ丁寧に練習していた『組み合い』の間合へ入っちまった。体格の差まであるのによ」
三戦目にして、ブロンゾの確かな実力が知れ渡る。
剣闘好きの間では、にわかに有望新人の技法や出自への関心が高まった。
「まさかチャンピオン候補だった『飛竜』の身のこなしにあれほど対応しきるとは!」
「剣闘はシロウトだったなんて本当かよ? たった二ヶ月にしては慣れすぎてねえか?」
男剣闘士の試合で、両者とも軽傷だったにも関わらず、好試合と評した声援が多い。
貴賓席の領主フマイヤは客席を見回してつぶやく。
「体格、技量、度量だけでなく、あの朴訥なりの好感も得られてきたようだな?」
マリネラは静かにうなずくだけだったが、男剣闘士の『上位陣殺戮事件』に続いて『追い打ち壊滅四連戦』などと陰でささやかれる不手際の雪辱を期待されていると感じ、密かに緊張していた。
ライダストが客席へもどるなり、待ちかまえていた牙狼ナシュボルは友人をからかう。
「ようよう、我が好敵手ともあろう男が、蹴り一発のほかはいいとこなしじゃねえかよう!」
舌打ちで返したライダストと小突き合いながら、ナシュボルはブロンゾに流し目を送る。
「あんたの村へ流れ着いたっていう呑んだくれ師匠のオッサン、よほどの腕だったらしいな? まさか今回も追加試合の申請なんてしてねえだろうな? ……してんのかよ!? あっはっは! ……はーあ……」
ナシュボルは長い犬歯を見せつけた。
「……なんてな? そうくる気がして、オレも申請しておいた。腕利きが出払っていることだし、あんたと組んでもらえそうで楽しみだ」
ブロンゾのわずかにしか動かない表情をナシュボルは挑発的な笑みでのぞきこむ。
ライダストは肩をすくめて苦笑した。
「ナシュボルは楽しめそうなら女もケンカも見さかいねえ。しかし槍とは相性が悪いだろうに……とはいえ、くぐれりゃオレより有利か」
『牙狼ナシュボル』の防具は少なく、革製の小手と脛当ては何本かの鉄鋲で補強されているだけ。
両小手には三枚ずつの片刃が固定されていた。
小剣に近い刃渡りだが、腕部分からのびているため実際の間合いは手刀と大差がない。
手の甲で固定した『拳刃』に比べると、手首で方向を変えられないぶん、より全身の体さばきを要求される。
「まあその前に、オレはまず次の試合を勝たねえと……おいライダスト、とどめは刺していいのか?」
ナシュボルが衛兵に呼ばれて立ち上がると、ライダストも立って後ろの席へ向かう。
「わかんねえから任せる。ほら旦那……出番だぜ? えーと、将軍、出撃っす。襲撃っす」
奥の席に、褐色肌の筋肉男がうずくまり、薄笑いでよだれをたらしていた。
「に……任務? 陛下ば、み……報告! ……日付?」
顔が殴りつぶされ、いびつに腫れあがっていたが、かつては『鉄壁のディロクス』と呼ばれた精悍な男だった。
「ええ、まあ、そのへんはともかく。こっちです。ええ」
ライダストは肩を貸して支え、衛兵の案内を追う。
先々月の男女混合試合で『四強』に心身を壊されたディロクスは、廃人と思われて賭け札も暴落していたが、先月も試合に出場していた。
会話に混乱は見られたが、欠場意志を確認できない上、ライダストが支えれば試合場へ向かえる。
先月の対戦相手はそのライダストだった。
かつての部下だけに、故国の英雄の恥を長引かせないために配慮された試合組みだと感じていた。
「これより演習をはじめる! 真剣勝負と思え!」
ディロクスは真剣を手に号令して審判を困惑させ、試合開始の直後にはライダストの槍で腕を貫かれる。
「その意気! あと十本!」
「え。旦那? ちょい待って? ……うわお!?」
ライダストは念のため、慎重に利き腕からつぶしたつもりだった。
しかしディロクスは小剣を持ちかえるだけで、槍に刺されたまま斬り返そうとしてくる。
「なに!? なんだよ……これえ!? 旦那~!?」
「怠けるな! ああ痛い。貴様の初恋にかかって! 祖国の名産地!」
剣闘士であれば痛み興奮でだまして無理をすることもあったが、ディロクスは泣いて痛がりながらも、傷口を無視して強引に迫ってくる。
そうなるとライダストは槍を抜けないないまま、小剣を対処する破目になっていた。
ディロクスは左手でも巧みな剣さばきを見せ、ライダストは刺さっている槍を押しやって相手の動き抑えることで、かろうじてかわし続ける。
ディロクスは流血でみるみる青ざめ、息がきれてくる。
「今日はここまで! ひどい傷だな? 武器の手入れは綿密に!」
「ええ? それって……旦那が降参ですかい?」
「もちろんだ。夕飯は汁を多めに。大将首は譲らんぞ!」
ライダストは迷い、殺す気にもなれなくて降参を認めた。
それから一ヵ月後のナシュボルも、勝ちながら首をかしげて帰ってきた。
「とどめを刺してやるつもりだったが……たしかにあれはあれで、別の芸風として手ごわいな? 斬っても平気で迫ってくるし、手元も巧いままだから、あまり楽勝でもなかったぞ?」
「だろ? 長生きできるとは思えねえが、もしかするとまだでかい勝利もつかめそうでよう……王子様もまだふんぎりがつかねえ様子だし。どうしていいのかわかんねえよ」
廃人と思われて暴落していた賭け札もにわかに持ち直し、二連敗してもなお、試合内容は中堅相当と評価された。
ただし戦術に合わせて新たに『肉壁ディロクス』という怪異な呼び名も広まる。




