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第十話 邪神の慈悲 一 招待される無慈悲


 大陸から遠い『地獄の島』は殺し合い競技の大舞台として生まれ変わる。

 貪欲に四方から人材をかき集め、剣闘士はもちろん、訓練教官や医者、鍛冶職人や革職人なども厚遇された。

 しかし腕に自信がある者ほど、多少の待遇よりも大陸の大都市で腕をふるいたがる。

 名君とされる『悪魔公』は島の伝統だった奴隷売買の手法を広げて誘いこんでいた。



 医局の研究室で、老婆プラクシテラはせかせかと針づかいに集中しながら話す。


「せっかく集めた腕利きどもまで、つきあいのある諸侯へ渡しちまうのかい?」


 領主の側近マリネラもてきぱきと手伝いながらうなずく。


「職人は使われる相手や場所に相性があります。より適した職場へ紹介し、代わりの人材を紹介していただいたり、この島での待遇を伝え広めてもらっています」


「足りない場所へ高く売り、余っている場所から安く買う……商売人として当たり前に『品物』を扱っているわけかい」


 ただし人材と職場を的確に見抜く知識や経験が必須となる。

 奴隷の性能や気質を細かく評してきた奴隷商としての手腕が活かされた。

 また情報の流出や間諜の危険を考えた場合、重要な人材を取引できるほど強固な『信頼』を国家間で築くことは難しい。

『悪魔公』の偏執的に積み上げた律儀が、周辺諸侯へ知れ渡ってこそ可能な曲芸だった。


「この辺鄙へんぴな島へ人を集めるためとはいえ、たいていのケチ野郎が門外不出の秘伝にしているような技術までほいほい教えちまって……十を教えてひとつふたつ見返りがありゃいいほうだ」


「そのひとつふたつを集めて、百も二百も積み重ねています。それに技術はなくとも素質を持つかたが学びやすい場にすることで、集めた『商品』へ、より大きな価値を加えられる用意ができました」


 マリネラの整然とよどみない返答で、プラクシテラはどんよりした嘆息をもらす。


「斬り合い職人のバカどもまで腕を上げやがった。太刀筋の通った急所ねらいが増えて……」


 プラクシテラはマリネラと雑談をしながらも、断面のきれいな傷口を手早く縫合し続ける。

 手術台に縛られて口に布をかまされていた中年男の剣闘士は『急所』と聞いて首を上げようとしたが、いきなり鼻面をひっぱたかれた。


「動くなバカタレ! くたばりたいなら医者が来る前にしろ!」


 男は驚き、しかしだんだんと険悪に顔をしかめる。

 そして施術に集中している老婆へ憎悪の眼差しを向けた瞬間、別の部分を処置していたマリネラの小刀がひたりと首筋へ当てられていた。

 領主の側近でありながら医者の助手までしている小柄な怪女は、プラクシテラへの非礼を許さない意志を仮面のような笑顔の眼光で伝える。


「……しかし突出した人材となると、なぜか女性のほうが集まりやすいようです」


「そりゃアンタが領主の手綱をにぎって、アタシみたいなババアをジジイどもの上に置いてりゃそうなるさ」



 剣闘士も全体では百人を超えるようになっていたが、女性は倍近く増えて三十人を超えたものの、男性はそれほど増えていない。

 闘技場には新たに訓練場が併設され、『灼熱のヒルダ』は教官に加わって一年以上が過ぎても剣闘士を兼ねていた。


「訓練教官は少し余計なくらい集めているはずなのに、男はろくなのが来ないね? 剣闘士あがりの衛兵が、いまだに手伝いで引っぱりだされている」


 ヒルダが訓練場を見渡すと、訓練教官の何人かは手持ち無沙汰にしていた。


「この島の剣闘士はおとなしいとか聞いて、甘い職場だと勘ちがいして来たのかね? 剣闘士からの指名がもらえなけりゃ、稼げなくてお払い箱だ。あの役立たずども、少しは自分の教えかたも『訓練』すりゃいいだろうに」


 男教官でも指導がつたない者たちほど寄り集まり、愚痴を言い合っていた。


「剣闘士などに教官を選ばせてしまっては、奴隷へ媚びへつらって甘やかす無能ばかりが残るぞ!?」


 度量のない怠け者ほど、自分の不満を他人のせいにしたがる。

 ヒルダは自分の指導も下手だと思っていたが、怒鳴ったり殴ったりで無理をさせるだけのバカよりはマシだと思っていた。

 ヒルダは頭を使って教えることが苦手なぶん、体をはって、ひたすら打ち合いの相手をしている。

 あとは大ケガをさせないように加減している程度だが、指名は多かった。


「命がけの試合に甘い指導を求めるマヌケなんか、すぐに消えちまうってわからないのかねえ?」


 ヒルダは遠目にながめて呆れる。

 とはいえ愚痴を言い合う連中の中でも、中心にいる角刈りの大男はまだしも力量差くらい見る目があるはずだと思っていた。

 そうでもなかった。


「特に女教官なんざ、なよっちい売女ばいた剣闘士と体目当ての野郎剣闘士の両方に好かれて、けっこうなもんだ! ろくに腕っぷしもないくせに、どうやって指名を増やしているやら!? なあ!?」


 的はずれな暴言をヒルダではなく、近くにいる細身の女教官へ向かって怒鳴りはじめていた。

 異国の道着姿の女教官は黄色人種だが色白で、長い黒髪は編んで背中へたらしている。



 ヒルダといっしょに休憩していた若い女教官は心配そうな視線をヒルダへ向けるが、制止された。


「待ってライシェル、もう少し様子を見たい。衛兵は呼ばないで……あのバカ男の実力は、アタシと互角くらいかな?」


 ヒルダは複雑な苦笑を見せ、ライシェルはその意味を計りかねる。

 ヒルダは男と比べても『長身大柄の筋肉質』に入る体格だが、男性剣闘士の中では突出するほどでもない。

 角刈りの大男は、それよりひとまわり大きい。

 対して言いがかりをつけられている女教官は女性剣闘士たちの平均よりは少し高いだけで、角刈り男より頭ひとつは低く、厚みも半分ほどにしか見えない。

 猫に似て、笑っているような細い目でふり向く。


「失礼。指導中でよく聞こえませんでしたが……女性の教官が指導において劣るという話であれば、実にもっともなことかもしれません」


 角刈り男やヒルダは、猫目女が適当におだててあしらうつもりかと思った。


「事実として、男性の中堅選手は女性の上位選手に匹敵する賭けの倍率で評されています。その指導を主とする男性教官もまた、ひとまわり上の実力と見るべきかもしれません」


 笑顔に『見えてしまう』細いつり目が、訓練相手をしていた少女剣闘士の不満そうな表情には少しだけ『本当の苦笑』を見せる。

 身のこなしまで猫に似ていたが、通った背筋と低い腰が異様に安定し、ひょうの気配も漂わせていた。


「よろしければ差がどれほど大きいものか、剣闘士の皆様にも知っていただくと、よい参考になりそうです……釣り合いをとるために、私だけ武器を持たせていただいてもかまいませんか?」


 猫目の教官が木剣を手に向き直ると、角刈り男はニヤニヤと近づく。


「油断させて、棒きれひとつ有利になれば、それなりに叩けるとでも思ったか? いいぜほら……いつでも、どこでも……」


 蹴りが唐突に、男のあごをとらえ、一撃で倒した。

 鞭のように、拳より早く、剣の切っ先より速く、自身の頭上まで振り上げられた足が、瞬時に地面へもどっている。



 男は起き上がったが、なにをされたのかもわからない様子で驚き、あごをさすったあと、ようやくニヤニヤしはじめる。


「へえ!? おもしれえ隠し芸じゃねえか!」


「おほめいただき……」


 今度は角刈り男がいきなり飛びかかり、かわされ、ふたたび蹴りであごを撃ち抜かれる。


「……光栄です」


 倒れた男はまだ口だけでニヤついていたが、目に余裕はなくなり、起き上がりざまに砂をつかみながら突進する。

 今度は膝を蹴り止められて派手に転び、握っていた砂も愚痴仲間の顔へばらまかれた。

 猫目女は角刈り男がさらに立ち上がって襲って来るまで待ち、今度は腹へ踵をめりこませて悶絶させる。

 同じように待って、今度は足払いで地面に這わせる……表情を変えないまま。

 ヒルダの隣で静観していたライシェルは、異常に気がついて青ざめる。


「足しか使ってない……?」


 蹴りは拳よりも隙が大きくなりやすいため、多用は避けて牽制や奇襲などに使われることが多い。

 間合や威力を補える武器を手にしていればなおさらだった。

 まして蹴りだけを連続すれば、それなりの経験者にはすぐに対応され、当てづらいどころか手痛い反撃をくらいやすい。

 相手がシロウトでもない限り、一撃で倒し続けるなど、できるわけがない……はずだった。


「しかもわざと加減して、なぶっていやがる。アタシより『ひとまわり』は上だと思っていたけど……アタシの目も、まだまだか」


 ヒルダは自分の『ふたまわり』上で済むかどうか、自信を失う。

 まぐれでも勝てそうになく、一生追いつけそうもない……思っていた以上に絶望的な力量差を痛感すると、苦笑をいっそう複雑にゆがめるしかない。


「たしか『アンレイ』と名乗っていたよな? 遠い東の果てが故郷で……あんな感じの教官や剣闘士が、まだまだあちこちから集まってくるらしい。アタシら、早いうちに勝ち抜けできて、ついてたよ」


 細身で若いライシェルは無言で何度もうなずく。



 愚痴を言い合っていた男教官たちは冷や汗まみれで肩をすくめ、自分が狙われたくないあまりに目をそらし、無関係をよそおいはじめる。

 アンレイは木剣を放り捨てた。


「武器を警戒して、うまく動けなかったようですね? それでもそれだけ戦えるなら、たいしたものです」


 猫のような笑顔を少しも変えないまま、残忍に決着を宣言する。

 木剣は一度もふらなかったし、かまえもしなかった。

 ごく表面的に惨敗のいいわけをくれてやり、誇りを根こそぎへし折った。


 アンレイが背を向けると、角刈り男は木剣をつかみ、背後から襲いかかる。

 見ていたライシェルはびくりと震えた。

 アンレイがかすかに『本当の嘲笑』を浮かべ、木剣は『ひろわせる』ために捨てていたことがわかる。

 ふりむきざまに、蹴りが放たれていた。

 正面から胴を狙うならみぞおち、横腹、睾丸などを標的とするものだが、やや上にずれている。

 しかしライシェルは打音の不吉な重さと、アンレイの変わらない表情から、狙いどおりだったことを察する。

 厚い筋肉へ鉄棒のごとくめりこんだ蹴り足は、あばら骨を突き折り、角刈り男に少女のような悲鳴をあげさせた。


「ああうん……ん!?」


 ライシェルは無残な光景を呆然とながめつつ、かすかに首をかしげる。


「でも……あれほどの達人なのに、なんで故郷を遠く離れ、こんな海の果てまで来たのでしょう?」


「女というだけで武芸や軍隊に関わらせたがらない国は多いだろ? それに、似たやつ同士は引き合うとも言うし……」


 ライシェルはひとりの人物を思い浮かべるが、口をつぐむ。

 ヒルダもこの島で『領主よりも逆らってはいけない』人物の名は軽々しく口に出さない。

 こんな時に限って、いつの間にか背後へ立っていることが多い。

 立っていた。


 しかもその連れにヒルダよりも『ふたまわり』大柄な黒人女の巨体がそびえていた。

 槍を手にした立ち姿だけでも『技巧と熟練』がにじんでいる。

 ひと目でわかる『勝ちようがない相手』だった。




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