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第六話 死神の饗宴 二


 市場のはずれに大型のテントが張られていた。

 中では曲芸師たちがナイフ投げ、綱渡り、剣舞といった技巧をかわるがわる披露している。


「クレオニール、宿にあねさんが」


 大男の肩に乗った小男がささやき、綱渡りをしていた肉づきのいい長身男はうなずいてテントを抜ける。

 そのまま石積みの宿へ向かうと、監視の衛兵を連れた『美しきクレア』が待っていた。


「弟なの。部屋なら少しふたりきりでいい?」

 

 クレアはクレオニールの長い前髪を上げ、自分と同じ緑の瞳を衛兵に見せる。


「よく似た美形だな。女剣闘士が見れば金貨を積み上げる」


 衛兵はからかいながら扉を指してうなずく。



 部屋に入るとクレアの表情は険しくなった。


「なぜトーリヤス様が来ているの?」


「あせっているんだ。姉さんが二回も負けたから、剣闘士をまとめるのは無理だと思われた」


「勝とうと思えば勝てた! いえ……実力だけではきつい相手も多いけど、常に監視されている中で、これ以上どう急げっていうの!?」


「リュクルガ軍は侵攻準備を少しもゆるめていない。『悪魔公』の首をとるまでは、トーリヤス様を信用する気はないらしい」


「ろくな準備もなしに領主だけ殺したって……島を制圧するか、少なくとも脱出できないと。せめて明日の追加試合まで待てない? 『愛しのヘルガ』の影響力は、諸侯が噂するよりも大きい。彼女を殺して動揺を広げたあとなら、少しは煽りようも……」


「明日の午後に決行だ。そう厳命されてしまった……すぐに使える内部協力者は?」



 翌日は競技祭の最終日となる。

 昼の長い休憩時間が終わりかけ、旅芸人たちは競技祭の再開に合わせて公演をたたみ、闘技場へもどる人ごみにまぎれる。


「トーリヤス様の侍女が侵入経路を作っているが、巡回の間隔はごく短い。状況によっては騒ぎを起こしてでも引きつけてくれ。『蛇使いドモンジョ』か『黒猫ルチカ』が案内に来る手はずだ」


 クレオニールが小声で確認し、仲間たちもかすかにうなずく。


「ドモンジョは金髪ノッポで犬歯の長い厚化粧、負けがこんであせっていたやつ。ルチカは黒髪のチビで顔は傷まみれ、同期を皆殺しにされたやつ……だよな?」


「オレたちが貴賓席に入り次第、そいつらも衛兵を殺しながら剣闘士を煽る。内部の侍女、客席の護衛、宿場の船員も同時に動く」


「殺し合い奴隷から解放されて金貨までもらえるんだ。死にものぐるいで働いてくれるだろうさ」


「いや、それが……姉さんは島を二分して共倒れになる心配をしていた。ここの剣闘奴隷に忠誠心などは乏しいが、不満も少ないという妙な土地柄だ。くれぐれもあつかいをまちがえないでくれ」


「並の傭兵やケンカ屋より、物騒で戦力になるってくらいはわかっているぜ?」


「それでは足りない。暗殺者のオレたちでも、逃げ道なしに決着までやり合う状況なんて、どれだけこなしたことがある?」


 クレオニールの緑の瞳が鋭くなり、仲間たちは顔をひきしめる。


「しかも訓練を受けた同じ熟練者と、毎月だ。姉さんすら苦戦していることを考えろ。剣闘士という生き物をあなどるな。ひとりずつを英雄だと思って敬意を払え。それでもだめなら、必ず複数であたれ」



 六人の刺客は客席から裏手へまわり、若い衛兵に割符を見せる。


「まだ荷物があったのか? 入口の前でいいから、置いたらすぐにもどってくれ」


 鉄格子が開けられ、長い階段を早足に上がる。

 階上の廊下では先にある鉄格子が開いていて、ふたりの衛兵が倒れていた。


「侍女たちが始末してくれたようだな」


「しかし領主の休憩室に鉄格子って……?」


 通路と同様に、部屋も外観に比べると狭く細長い。

 しかし床は大理石で飾られ、厚い絨毯は贅沢な品で、その上に大きな毛皮まで敷かれていた。

 ほかにも豪奢な金属卓、寝椅子、棚、植木などがならび、狭い室内をより窮屈にしている。

 窓辺には大きなカゴがいくつか吊るされ、中では色鮮やかな珍しい鳥が騒いでいた。


「案内の剣闘士は来ていないのか? ……しかたない、貴賓席への通路を探そう。この先は状況により、見つかれば斬り捨ててもかまわん」


 六人は荷物を解き、中の棒や刀身を組み合わせて武器にする。


「この仕事で終わりだ……これまで生死を共にしてきたおまえたちにも、必ず身分を与えてやるからな」



 クレアとクレオニールの父はトーリヤス公の重臣で、母は愛人の踊り子だったが、正妻に殺された。

 クレアたちは追放され、父と懇意にしていた旅芸人の一座に引き取られる。

 それはトーリヤス公の政敵を除くための暗殺組織で、訓練を受けたふたりは父の助力もあって組織の中心になった。

 クレオニールはトーリヤス公の娘と恋仲になり、クレアも要人の子息たちに言い寄られ、身分さえ与えられたら、もう義母も手出しできない表舞台の地位を得られるはずだった。

 その矢先、絶望的な大戦力を擁するリュクルガ軍の侵攻がはじまる。

 トーリヤス公は従属する証に、諸侯を陰で繋げる『悪魔公』の首を差し出す提案をした。

 この大仕事に成功すればようやく、クレアたちの念願もかなう。



 六人が通路を探そうと分かれてすぐ、寝椅子の陰から手が伸び、卓上にあったイチジクの実をつかむ。

 シャクリと食べる音で、クレオニールが驚いてふり返った。


「お、おい! ……案内人か? 悪ふざけは勘弁してくれ」


 小男がソファーの後ろへまわりこむと、床へ目を落とし、だらしなくにやける。


「いや、領主の女か? しかし酒か薬でもやってそうな……おい美人ちゃんよう、貴賓席へ行ける通路に案内してもらえるかい?」


 のろのろと立ち上がった褐色の美女は子供のようにほほえむ。


「おい、聞こえてねえのか? しょうがねえなあ……アンタの主人、どういう趣味だよ?」


 腰には紐のような下着がくいこんでいるだけ。

 羽織っただけのローブからは豊かな胸が放り出されていて、小男が揉みまわしても、ほほえんでその手を見ていた。

 ほかの仲間も話し声に気がついてもどって来る。

 クレオニールは眉をひそめ、無言で親指を下へ向けた。

 小男はそれを見て、背に隠していたナイフを抜く。


「あ~あ。時間があれば遊んでやりたかったのによお。残念無念……アンタけっこう、背が高いよな? オレはそういう女がすごく……」


 小男はナイフを後ろ手に天井近くまで投げ、回転しながら眼前へ落ちてくる刀身をぎょろつく目で見極める。

 クレオニールはふと、褐色の美女の肉づき、かすかに残った傷痕の多さを不審に感じる。

 小男といっしょに笑顔で刀身を追う瞳は深い青。


「……好みの獲物だぜ!」


 褐色の首の高さで握られたナイフが一閃する。

 小男の手は褐色の手に包まれ、刃先は男自身の首に刺さっていた。


「えぅぐ……!?」

 

 黒髪青目の美女はぼんやりと、小男の顔に浮かぶ驚愕と悲痛をながめる。


「こいつ!?」


「なにを!?」


 剣舞の双子娘が両手に長刀をかまえて前後に挟む。

 大男は鉄斧、ひょろ長も短槍をかまえて両脇へ回りこんだ。


「待て! そいつは『ヘルガ』だ!」


 クレオニールが叫ぶ間に、褐色の美女は指抜きの黒い革手袋をはめる。

 手の甲の金具に、槍の穂先に似た刃物が固定されていた。


「だったらなおさら!」


「ここで斬りふ……!?」


 交差した四本の長刀は寝椅子を裂いただけで、双子のひとりは言葉の途中で首から血を噴き出す。

 金属卓が激しく壁にぶつかったかと思うと、双子のもうひとりの膝下をなにかがすれ違う。


「ひぐっ!?」


 両足首を骨近くまで切断されたことに気がつくまで、ひと呼吸の間があった。


『もしもの時の話だけど、剣闘士は狭い場所での戦いには不慣れよね?』


『廊下や部屋へ誘いこめば、屋内や路地でやり合ってきた私たちが有利よね?』


 双子娘は昨日、そんな会話をしていた。

 クレオニールは今になって、例外がいることに気がつく。


『ヘルガは闘技場に捨てられ、牢の中だけで育った』


 この島の住民なら誰でも知っている、呪われた狂女の生まれ育ちだった。


『牢から見える訓練場の光景ばかりまねして、訓練をはじめたころにはすでに、一人前の技術をおぼえていた』


 狭い牢内で飛び跳ね続けておぼえた身のこなしだった。


「剣闘士でも『ヘルガ』に限っては、この狭い部屋が……武器になる?」


 金属卓が激突した壁とは反対の壁を蹴る音。

 ひょろ長がつんのめるように倒れた一瞬、大男はようやく、天井にゆらりと浮遊する褐色の長身に目が追いつく。無表情に見下ろされていた。

 なにが起きているのかわからない恐怖に叫んで斧を振り上げると、その腕に褐色の両脚がからみつく。

 ヘルガは天井板の隙間に刺していた拳刃を抜き、逆さまに落ちながら両腕を三度旋回させ、着地と同時に転がって寝椅子へ飛び乗る。

 クレオニールが『待て』と言ってから数秒。制止を指示した手は広げたまま。

 双子のひとりは真後ろに倒れてもがき、大男は立ったまま体の前面全体から血を噴き出す。

 ふたりは押し殺した悲鳴を上げた。


「ひぎ……!?」


「ぐあ……が!?」


 双子のもうひとりは首を押さえ、ひょろ長は背を押さえて倒れたまま、血だまりを広げて息絶えようとしている。


「待ってくれヘルガ! オレたちは……」


 クレオニールは呼びかけの途中で、もがく双子娘の首にもとどめを突きこまれ、根本的な誤解に気がつく。

 目の前にいる黒髪青目の生き物は、剣闘士などではない。

 死刑囚と同じ処刑場へ捨てられながら、そこで『育てられた』わけではなく、勝手に『育った』という『死神の落とし子』……『ヘルガ』という名の怪物だった。

 両拳の刃を黙々とふるい、大男がかろうじて斧をかまえた両腕も一瞬に斬り刻み、手慣れた料理人のように首へとどめを走らせる。


「なぜ人間の言葉で説得できるなどと思ってしまったのか……」


 クレオニールは剣をかまえたが、なにかを判断できるほどの余裕は持てなかった。

 暗殺部隊の指揮官でありながら、惨殺されるばかりの仲間たちを前に、援護も脱出もできず、ただ震えていた。


「姉さん……すまない!」


 押し殺した悲鳴に、青い瞳がふり向く。




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