王位継承の儀 その3
あらすじ
思惑が錯綜する王位継承の儀。ロゼルタ姫の婚約者として参加したアシュインが彼女の演説に口をはさむ。
『――なぜならば、私こそが先の戦争の原因だから……』
ここでエルたちがいると思われる方向に向き、合図を送る。すると合わせてくれたかのようにレイラがマインドブレイクの魔法を使った。
『な⁉ アシュイン殿! いったい何を……血迷ったか!』
『アシュイン!』
ミザリと、ロゼルタは顔を見合わせて驚いている。あまりに唐突で荒唐無稽な話について行けないようだ。しかし観客はそうではない。
「なんだと!! あの男が……あの男に父ちゃんが!!」
「ふざけるな! 貴様の所為だったのか!」
「まさか、さらにロゼルタ姫を誑かして、国を乗っ取るつもりなのか⁉」
あらぬ嫌疑をかけられていく。多少強引である事と、ボクの婚約者という発表の立場だけではこの言葉に説得力も敵意も足りない。そこでレイラにマインドブレイクを頼んでいたおかげで多少はマシになった。
と次の瞬間――。
いきなり『隠匿』を解除したエルランティーヌが壇上中央に現れる。
『静粛になさい! 皆の者!』
「お、お姉様!!!?」
「「!!!!!!!!!!!!」」
……ここで来たか……!!
てっきり作戦に乗って、ロゼ殺害後に現れるとばかり思っていた。別れ際まで賛同してくれていたが……まさか。
その一言で場が一気に静寂に包まれる。そう彼女の登場だ。彼女はやはり先ほど少し歪んだ魔力の揺れのあたりに隠れていた。そのほかの熊同盟は『隠匿』のままだ。
『我が名は女王エルランティーヌ・グランディオルである!』
彼女の堂々たる風格たるや、まさに世界最大の国の王。
ゆったりと壇上の中央へ歩き、王国民に向き直る。彼女がすっと息を吸い言葉を発するまでの一挙手一投足を、王国民は息をのんで注目している。
『わたくしが王位につく前に事が始まりました。
魔王討伐がされた頃。アシュインが原因による王国の衰退が起きたことは間違いありません。
あまりの急速な衰退に全ての王国民は恐怖し、ヴェントル帝国との諍いが起きてしまいました。そのことは皆の記憶に新しいことでしょう
そして時を経てこの者が再び王国へ現れると、魔王領との交易を持ちかけました。復興が進むと歓喜したものです。
しかし様々な謀りによってそれは成すことができませんでした。今まで身を隠していたのはそのためです……」
王国の成れの果てを憂いている。そんな哀しみの表情が会場の全ての観客に襲い掛かる。ここに来てレイラの成長があったのか、以前よりはるかに強力なマインドブレイクが発せられる。
彼女の哀しみに共感するように観客からはも悲しむような声と、突然の女王の登場に困惑する声が入り乱れた。
「そうだ……私達はいったいどうすれば……」
「やはりあの男も戦争に関係していたのか!」
この流れはあまり良くない。
完全に彼女の独壇場であり、ボクが話したことなんて既にどうでもよいかのように受け取られている。やはり彼女の思惑は、ボクが罪を引き受けるという作戦を、止めようとしているのではないだろうか。
『しかしこの儀式が成されてしまえば、一時の欲望を満たす快楽に溺れ、その揺り返しによってもうこの国は……グランディオル王国は……滅亡してしまうことでしょう』
『ふざけ――』
『確かに一時はそれで戦争は収まることでしょう。しかし悪魔がそれをそのまま受け入れるはずがありません』
『これはスカラディア教典に則って――』
『それ以上に! 王国の復興にあれだけ尽力してくださったわたくしの親友であるアイリスを奴隷にするなどと言う浅ましく、おぞましい所業を許せるはずがございません!』
「……おぉおお……たしかに女王様の言う通りだ……何てことをしようと……」
「やはり奴隷化なんておかしいわ……」
エルランティーヌがこのまますべてを解決してしまいそうだ。
しかしまた共通の敵として、幻想の軍事国家ヴェントル帝国ということにしなければならず、おそらくそれでは禍根が残ってしまう。
これは、また戦争を繰り返す解決方法だ。
さらに不味いのはヘルヘイムとの約束だ。
このまま無事、王位継承の儀をおわらせ、ロゼルタが案内する場所へ行くと言うことになっている。その人質がシルフィの赤ちゃんだ。
いまクリスティアーネに解呪してもらっているが、間に合わなければエルを殺してでもロゼルタに就任させて継承の儀を完了させなければ、おそらく赤ちゃんは……。
――呪殺されるだろう。
この形勢が逆転したような状況を奴が感知していたら、途中で乱入される可能性もある。そう言う意味ではロゼルタの動向に注意しなければならない。
さらにはアルバトロス・アルフィールドとの関係だ。
シルフィを彼の権限で解任のみのお咎めで終わらせている。それはアシュリーゼに会わせるという約束の元に……だ。
しかし奴の立場として約束以前にアイリスに心酔し、領をあげて隷属の首輪を開発していたのだから、悪魔の奴隷化が実行されないとなれば業腹だ。
今回この会場のどこかにいるはずだが、こちらからは見つけることができない。このままエルの思惑通りに事が進めば、おそらく造物主とは関係ないところで、シルフィと赤ちゃんが命を落とすことになってしまう。
二重の意味で彼女と子が人質になってしまっている。
そんな事情を彼女が知る由もないので、まだ演説を続ける。マインドブレイクの魔法と相まって、王国民はすっかりエルランティーヌの演説に聞き入っている。
やはり下地がロゼルタとは段違いの様だ。
『――そしてロゼルタ姫は! 此度の戦争の責任を悪魔に押し付けようとしました! これは許されざる蛮行』
王国民の悪魔への憎悪が霧散すると、今度はロゼルタを断罪する。
しかしこれにロゼルタが黙っているわけがない。元首としての不備だけでなく罪を問われようとしていたのだから。
それにより王国民に人望のない彼女は、せっかくこの場で稼いだ信頼が一気に崩れる。
ロゼルタの蛮行が詳らかなになり、王国民はため息をつく。
『お姉様……いえエルランティーヌ元女王! いい加減な――』
『ロゼルタ姫! 貴方のしたことは、いずれ自らに返り国家もろとも存亡の危機に陥れる行為です。生物的に強い彼女たちを従えるなどと何を無謀なことを! ……そういえば首輪を量産しているとある領があるそうですね?』
『なっ⁉』
やはりエルはどこか抜けているのに、レイラと組むと本当に老練な政治屋にも打ち勝つほどに化ける。つまりアルフィールド領のことだ。
(下手なことをしたらばらすぞ)と。
この場にいるであろうアルバトロス・アルフィールドを牽制している。見えはしないが、舌打ちして悔しそうにしている顔が容易に想像できる。
しかし奴をこれ以上追い詰めないのもエルとレイラの計算なのだろう。そのおかげでおそらくもうアルバトロスの立場を考える必要がなくなった。
となればエルがこれ以上突っ込んだ話をしないうちに、クリスティアーネの解呪がおわれば……禍根を残さない方法がとれそうだ。
『ではロゼルタ姫は、アルフィールド領にでも行ってもらいましょう。』
再び王族の称号を剥奪すると言う宣言だ。これにロゼルタ派でずっと従えてきていた貴族たちはため息が漏れる。今回もダメだったかと。
『しかしヴェントル帝国に与えた損失は大きなものです。したがって戦争補償といたしまして技術供与、及び当初予定がありました『福音の勇者』の貸与もいたします』
これはボクの事をいっているのだろうか。もしキョウスケの事をいっているのなら彼は帰る可能性があるから無理な話だ。
この短期間で考えついた相手の利だとおもうが、少し穴があるようだ。
エルランティーヌの演説は、がっちりと国民の気持ちを掴んでいた。やはり彼女は王たる威厳と風格を持っている。
『そして、我が身も捧ぐ――』
と言いかけて、自身の長くて美しい金色の髪を……すっぱりと短剣で斬り落とす。そして国民に掲げる。
「きゃぁああ!」
「えぇ!! 女王様の髪が!」
「お美しいのに、もったいないぃ!」
彼女の美しい髪はある意味象徴と化していた。それを切り捨て、誓いを立てることで王として再び統治をおこなうための礎とした。
今回の戦争では多くの命が失われたのだから、そんなものでは足りない。しかし全てを彼女が背負うのも違うことは国民も知っている。だから彼女が身を削ると体現した。
『――全身全霊にて王国民の為に、王国を立て直して見せます!』
「「おぉおおおお!」」
「いや、しかし……奴隷化は……もったいない」
「女王が親友なら、そんな危ない橋を渡らずともいずれ交流がもてるのでは?」
「俺は女王のせいで息子を失ったんだぞ! 信じられるかよ!」
「でも女王のときが一番まともな暮らしをしていた……」
演劇の時に引けを取らないほどの大歓声が上がる。完全彼女の独壇場だ。しかしやはり貴族たちはまだ意見にばらつきがあり、ロゼルタが王女になった時の利益を比較しているようだ。
マインドブレイクを使ってもここまで限界のようだ。それほどまでに失ったものが大きすぎて、かなりの数の人がまだ納得がいっていない。
やはり禊にはまだ足りないのだ。
そろそろ彼女に反論して、計画通りに実行したい。これ以上まてばシルフィの子の命の危険がどんどんと増していく。
焦りで少し冷静さを欠き始めた頃――
……ゾワッ!!
「……ぐっ⁉」
ふいに急激な魔力重加力が突然ロゼルタから発生した。どうやら業を煮やした奴が発現したのかもしれない。
「……な……ん……だと?」
「ひ、姫様!」
「まさか……まさか……!」
魔女たちもこの事態に驚いて動けなくなっていた。といってもどうせ造物主が発現したら彼女たちでも何もできなくなるのだ。上位魔女の二人はロゼルタ姫に造物主が降臨したことに気がついているようだった。
『……もうよい……茶番は結構 ……見ての通り……前女王は浅はかなり……』
『……なんですって?』
奴の低い声が、拡声魔道具によって会場中に響き渡る。その声ははっきりとしていて妙に耳元に届く。これは奴がマインドブレイクに干渉したということだろう。
やつの重圧に魔力を感知できないものまで、強制的にひれ伏せられている。まるで恐怖で支配する魔王そのものだ。
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