2−1 シャラ
ラストラは、草原の中央に身を丸めている。
頭を地に着けたまま、赤い眼球で空に浮かぶ三日月をなんとなく眺めている。
冷たい夜風が、ラストラには心地よかった。
「うぅ……」
うめき声が聞こえ、ラストラは視線を下げた。
ラストラ同様、身を丸めている少女が更に身を小さくしていた。少女にはこの夜風が寒いのだろう。
腰まで伸びた母親譲りの美しい黒髮が、風に揺れている。
あれから十年か……。
こいつが自分の母親の亡骸を腐らせ、喰ってから十年。たった十年で人間とはこれほど成長するのか。
こいつに「能力」を渡してからたった十年で、ここまでオレは劣化するのか。これが「老い」というものか。
ラストラは、再び月を見上げた。
やはり、大した理由はない。
――――
あの日、母親を喰った胎児は満腹になったのか、そのまま眠りについた。
その様子を眺めながらラストラは、自分の感情を上手く処理出来ずに戸惑っていた。
シャルが死んだ。
シャルの子供が残った。
オレの能力を引き継いだ子供。
オレは、助けたいから能力を手放したのか?
オレは、自分が楽になりたいから能力を押し付けたんじゃないか?
何を今更……。
ラストラは覚悟を決めた。
こいつを死なせてはならない。
シャルへ言った言葉への責任。
こいつへ渡した能力への責任。
そしてこいつの生命への責任。
オレが生き永らえさせたのだから。
まず、ラストラは子供に名前を付けた。
「シャルの子供だからシャラにでもしておくか」
その程度しか考えなかった。
赤ん坊の頃のシャラは、腹が減ると泣いた。
ラストラは、その度に森の果実をシャラの近くに置いた。
シャラは果実を腐らせ、喰っていた。
数年経ち、ある程度成長したシャラにラストラは人間らしさを身に付けさせた。
このままでは、「人の形をしただけの何か」だと不安になったから。
シャルを悲しませる様な気がしたから。
以前の自分ではあり得ない感情だと、ラストラは思った。
それはシャルとの生活による変化なのか、能力を失ったことによる変化なのか分からなかった。
――――
ラストラは、再び月から身を丸めるシャラに視線を動かした。
人の言葉を覚えた。
服を作り、着ることを覚えた。
腐らせず直接、肉や果実を食べることを覚えた。
しかし、ラストラの不安は消えない。
母親が――、シャルが持っていた「人間の逞しさ、優しさ」を伝えることをオレには出来ていない。
そんな気がしている。




