第14話
商店街を出て、織姫駅を北口から南口に抜ける。駅を抜けた先にある織姫大橋を渡れば、聖エストリア学院の校舎が見えてくる。
聖エストリア学院はミッション系の私立高校だ。
創立50年の歴史を持つ学校だが、その気風は自由であり風紀もあまり厳しくなく、ミッション系の中では伸び伸びとした環境を維持している。
1クラスの構成は30人。1学年に10クラスあって、学校全体で生徒数は900人にもなる。県内屈指のマンモス校だ。
進学だけではなく、野球やサッカーなどのスポーツ、美術や演劇などの文科系にも力を入れていて、多種多様な人材が集まることでも知られている。学業・スポーツともに県内トップクラスの学校だ。
僕は単純に家から近いから選んだだけなんだけど。
織姫大橋は二車線の車道と、幅の広い歩道からなる橋で、市内を抜ける織姫川に架かっている。時間は8時20分を過ぎようとしていたところで、橋の歩道は学院に向かう生徒でにぎわっていた。
そんな中をお姉ちゃんに手を連れられて歩いているわけなんだけど…なんかすっごく注目されている気がする。
周りには同じ制服を着た少年少女たち。立ち止まって僕たちが通り過ぎるのを見ている人、ひそひそとこちらを見て会話をする人、お姉ちゃんに挨拶をする人など様々だが注目されていることに変わりはない。
そういえば、お姉ちゃんはこの学校の生徒会長だったっけ?だから、注目されてるのかな?
お姉ちゃんが挨拶を返した後、みんなチラチラとお姉ちゃんと僕の手を見ていくのが恥ずかしい。いい加減手を離してくれないだろうか。
「やっぴー、おはよー!」
お姉ちゃんが前を歩いていた女子生徒に声をかけた。女子生徒は振り向くと不機嫌そうな声で挨拶を返す。
「おはようございます。…その呼び名はやめてくれませんか?会長」
肩の辺りで切りそろえた黒髪が風になびいている。背の高さは僕より少し高いぐらい。160cmほどだろうか?すらりとした体つきで赤いフレームの眼鏡をかけ、知的な雰囲気をかもしだしている。
眼鏡の奥の瞳は、眼光鋭くこちらを睨んでいた。
…ちょっと怖い。
「いいじゃない。可愛いでしょ、やっぴー」
にっこりと笑うお姉ちゃんとは対称的にその人はため息をついた。
「会長に言うのは無駄とわかっていても、言わなきゃ気が済まないんですよ。何とかなりませんか?そのネーミングセンスは…」
それには激しく同意する。お姉ちゃんのネーミングセンスは壊滅的だ。
そのやっぴーさんが僕に気がついてお姉ちゃんに問いかけた。
「会長、こちらの方は?」
「うん?あー、これは私の妹だよ。可愛いでしょー。今日から私たちの学校に通うの。仲良くしてあげてね?」
僕は慌てて頭を下げる。
「あ、あの、僕は東雲優って言います。お姉ちゃんの友達の方ですか?お姉ちゃんがいつもお世話になっています」
「私の名前は榊原やよい(さかきばら・やよい)よ。普通科の2年生。この学校の副会長をしています。…あなたのお姉さんとは先輩と後輩の仲かしら。会長に妹さんがいるとは知らなかったけど、しっかりものの妹さんみたいですね。これからよろしく」
榊原先輩はふわりと笑うと僕に手を差し出した。怖い人かと思ったけど、笑うと可愛い人なんだ。
僕はそのギャップにドキドキとしながら、先輩の手を握り返した。
「は、はい。よろしくお願いします、榊原先輩」
「私の方こそよろしく。…会長、1週間後の生徒総会の件でお話があるのですが、少し良いですか?」
「んー、いいよー。優、少し手を離すわねー」
お姉ちゃんは僕の手を離すと榊原先輩と歩き始めた。
何やら難しそうな話をしている。生徒総会と言っていたから、生徒会の話か。こういう真面目なお姉ちゃんは凛として格好良いんだけどな。
僕はようやく手を解放されたことに安堵しながら、後ろを歩いていたカナたちに合流した。橋を渡る始めたあたりから、この二人ずっと静かだったんだよな。
「さっきから二人とも黙っているみたいだけど、どうしたの?」
「うん。始めはれい姉と優の様子をニヤニヤして見てたんだけど、さすがに榊原女史まで加わると私たちが場違いな感じがしてきてね」
「場違い?」
「そっか、優は知らないんだっけ。榊原先輩は2年でもトップクラスの優等生なのよ。副会長も務めているし、あの容姿でしょ。れい姉…会長と副会長のコンビはその容姿も相まってこの学院では有名人なのよ」
確かに言われてみれば、お姉ちゃんと榊原先輩のツーショットは絵になる感じがする。
お姉ちゃんと一緒にいたから流れで普通に挨拶したけど、学院の有名人ということは全校生徒に名が知られているということだ。そう考えると場違いというのも頷ける。
「確かにそうかもしれないね。一緒にいると僕たちが気おくれしてしまうかも」
「いや、優は大丈夫だと思うけど」
「へっ、なんで?」
「いや、まー、わかっていなくてもそのうちわかるわよ」
何だろう?そういえばこの間も気になることを言っていたよな、カナは。
「カナはまだいいよ。俺なんかさっきから男の妬み的な視線が突き刺さって痛いんだぞ」
ノブヒコが周りの視線におびえながら愚痴っていた。お姉ちゃんと榊原先輩は誰しもが認める美人。カナも健康的で可愛い女の子だし、僕も今は女の子だ。この集団の中にいたらやっかみの対象にもなるか。
榊原先輩が加わってさらに僕たちの注目度が増す中、橋を渡り終えると右手に赤レンガ造りの校門が建っていた。柱には聖エストリア学院の校名がプレートに刻まれている。
ようやく学院の入り口にたどり着いたみたいだ。
学院内の敷地に入ると、登校する生徒の人数がさらに多くなり、お姉ちゃんと榊原先輩に挨拶する人の数も増えていった。にこやかに挨拶するお姉ちゃんと事務的に挨拶する先輩。さっき橋の上でもお姉ちゃんたちに挨拶する人は多かったし、挨拶を返すだけでも大変そうだ。
校門から校舎まで歩いている途中、道の両脇には桜の木が植えられていた。春には満開の桜が咲き乱れるのだろう。今年は見られなかったから、来年は見れるといいな。
「それじゃ、1年生の玄関はあっちになるから。またお昼に会いましょう。頑張ってね、優」
「わかったよ、お姉ちゃん」
手を振りながらお姉ちゃんが3年生用の玄関に向かう。榊原先輩は僕たちにぺこりとおじぎをして2年生用の玄関に向かった。
「行こっか、優」
「うん。今日からよろしく頼むよ、カナ、ノブヒコ」
「任せておけ」
僕はカナとノブヒコの後についていく形で1年生用の玄関に向かった。




