第13話
僕は昨日の夜準備しておいた制服の一式を取り出すため、クローゼットを開けた。
白いワイシャツに袖を通し、前ボタンを留める。
靴下を引き出しから出して、ベッドに腰をおろすと右足から靴下をはいていった。立ちあがって両足ともに太ももまで靴下をあげる。太ももまで丈があるサイハイソックスというやつだ。太ももをジロジロと見られることが多いので、隠す意味でこれにしたんだけど、お姉ちゃんからは絶対領域ね、萌える!と言われた。
スカートを手に取ると、両足を通してから腰まで上げたあと、ウェストのホックを留めてファスナーを上げる。学校の制服にしては平均より短めな感じがする。学校の風紀的にはいいのだろうか。まあ、私立だからとやかく言わないのかもしれない。
第一ボタンを留めてワンタッチ式ネクタイの金具を襟もとに差し込み、パチンと留める。鏡を見てネクタイの位置を確認した後、ブレザーのジャケットを着てボタンを掛けた。
鏡の前に立ち服に乱れがないか確認する。前髪が気になったので少し手直しをした。
よし、制服はオッケーだ。
机の脇に置いてあった青色のスクールバッグを手に取ると、部屋を出て玄関に向かった。
ゴールデンウィーク明けの月曜日、女の子としての訓練を終えた僕は、今日から学校に通う事になった。
今日が登校日初日ということもあって、お姉ちゃんとカナとノブヒコの4人で一緒に学校まで行く感じだ。
うう、緊張するなー。僕だけみんなと1ヵ月遅れだから、うまくクラスの中に溶け込めるかな?カナとノブヒコは社交性が高いし、そこに期待しよう。
階段を降りると、玄関にはもうお姉ちゃんの姿があった。
「優、準備できた?」
「できたよー。ちょっと待ってて」
パタパタと小走りで玄関に向かう。
お姉ちゃんは玄関のドアを開けて外に出て行ってしまった。ローファーを履いて自分もお姉ちゃんの後に続く。
外に出るとそこにはお父さんがカメラを構えていた。
…なんか嫌な予感。
「準備できたかい、優」
「それじゃお父さん、早く早く」
お姉ちゃんが僕をぎゅっと抱きしめてピースサインをカメラに向ける。
僕の制服姿を撮るということか。なんか恥ずかしいけど仕方がないので、僕もカメラに笑顔を向ける。…少し口端が引きつっていたかもしれない。
パシャりパシャりと2、3回シャッター音が鳴った。
「優、まだ少し表情が固いですね。少し笑顔を意識をした方が良いかもしれませんよ」
そうだ、あの訓練を乗り越えたとはいえ、まだ女の子になって1ヵ月足らず。男のときの癖が出てしまうかもしれない、気をつけるにこしたことはないな。
「わかった。気をつけるよ、お父さん」
「うーん、私から見ると、どこに出しても恥ずかしくない完璧な美少女だと思うんだけどなー」
僕を抱きしめたままそんなことを言うお姉ちゃん。苦しいからそろそろ離してほしい。後、制服がしわになる。
「カナとノブヒコも待っているだろうし、そろそろ行こうよ?」
「それもそうね」
お姉ちゃんはパッと離れた後、僕の手を取って歩き出した。
「それじゃ、行ってくるね、お父さん」
「ああ、気をつけて行っておいで。優、しっかり頑張ってきなさい」
「わかった。いってきます」
お父さんに手を振って自宅を後にする。お姉ちゃんは僕の手を握ったままズンズンと通りを歩いて行った。
僕の通う学校、聖エストリア学院は織姫町の中心部から少し外れたところにある。
自宅から路地を抜けて大通りに出た後、商店街まで歩く。商店街の十字路を駅方向に曲がって、駅の反対側、川沿いに面した大きな敷地に学校はあった。
自宅から歩いて20~30分ほどの距離だ。
今の時間は8時。学校の始業は8時45分からなので、ゆっくり歩いても間に合うだろう。
「お姉ちゃん…」
「なあに、優?」
ニコニコ顔で振り向く。なんでこんなに楽しそうなんだろう。
「そろそろ手を離してくれないかな?道行く人がみんな見ている気がするし、恥ずかしいんだけど…」
「えー、いいじゃない。みんな仲が良い姉妹なんだなって思ってるわよ」
控えめな提案は即座に却下された。そうかな?姉妹だとこういうものなのかな?
大通りは通勤する会社員や通学する学生などが多く人通りが激しかったが、みんな足を止めたり振り返ったりして僕たちを見ている気がしたんだが…。
恥ずかしいことには変わりはないけど、お姉ちゃんの手は柔らかくてあったかくて、つないでいる手から緊張が解きほぐれていくようだった。
しばらくすると、商店街の入り口に差し掛かった。おりひめ商店街と書かれた看板がアーチにかかっている。
そのアーチの下に、カナとノブヒコの姿があった。
「二人ともおはよー」
「おはよう、カナ、ノブヒコ」
「おはよう怜香姉、優」
「れい姉と優おはよー。うわわ、優の制服姿かわいー。写真撮らせて写真」
携帯を取り出して僕を撮影し始めるカナ。いくつかポーズを取らされた。…お姉ちゃんと手をつないだままなんだけど。
「んー、満足した。それはそうと、何でれい姉と優は手をつないでるの?」
「ほら、優が迷子になったら困るじゃない」
「なるほどー。そうだね」
迷子って僕は小学生かよ!しかも、カナもうんうんと頷いて納得してるし。
ノブヒコの方を見るとくっくっと笑っていた。
「大変だな、優」
「大変だと思うならお姉ちゃんになんとか言ってよ」
お姉ちゃんのブラコンならぬシスコン振りが最近酷くなっている気がするんだ。
「いや、俺からは何も言う事はないよ。麗しい姉妹愛じゃないか、…多少過保護だとは思うけどね」
ノブヒコは肩をすくめてそう答えた。
正直、多少どころじゃないと思うけど…。
「そろそろ行きましょうか。みんな、忘れ物はないわよね?」
お姉ちゃんが僕たちを見まわして言った。僕たちが頷いたのを確認すると、商店街の中へと入って行く。
もうすぐ学校か…。どんな高校生活になるんだろう。
僕は期待に胸を膨らませながら、お姉ちゃんの後についていった。




