第12話
ケースケこと前田慶介は中学時代の友人だ。
中学の時はサッカー部に入っていて、ノブヒコ…武田信彦とコンビを組み、サッカーの全国大会に出場したこともある。
信彦といつもつるんでいた関係で、僕とノブヒコとカナ…上杉香奈子の三人の中に新たな友人として入ってきた感じだ。
ぶっきらぼうで無愛想な感じだけど、僕とは相性が良かったのかいろいろと話したり、一緒に遊びに行ったりもした。
高校進学の際に僕たち三人とは別の高校に通うことになって、しかも高校にはサッカーの特待生として入ったため、毎日の練習で忙しくて会う事はなかったのだけど。
そのケースケがどうしてここに?
…あっ、そういえばケースケが通っている高校ってこの街にあるんだっけ。
よく見るとケースケが着ている服はサッカーのトレーニングウェアの姿だ。背中に「神流第一高校 サッカー部」と刺繍がしてある。大き目のバッグを肩から下げているのは部活の帰りだからだろうか。
「ふんっ!」
茶髪の男性がケースケの腕を振り払った。
「何だよ、男連れか。それなら早く言えっていうんだ、全く」
ぶつくさと文句を言いながら男性が駅とは反対の方向に歩いて行った。
いや、僕、お友達と待ち合わせしていると言ったよね。何で待ち合わせの相手が女の子限定なんだ。
男性の姿が見えなくなってから、ケースケが僕に体を向きなおした。
「大丈夫か?お前」
「うん、大丈夫。助けてくれてありがとう」
僕はニコりと笑ってお礼を述べる。
ケースケは僕の言葉にちょっと照れた感じで頬を指でポリポリとかいた。そのうち、ふと何かに気付いたように言葉を出した。
「…そういえば、何で俺の名前を知っているんだ?どこかで会ったか?」
「へっ?」
ケースケのその言葉に顔をポカンとさせた。
こいつ、僕の事を気付いてないのか?てっきり気付いたから助けてくれたと思ったんだけど…。
本気で僕のことがわからないケースケの姿を見ていたら笑いがこみあげてきた。手を口にあてて、くすくすと笑う。
そんな僕の様子にけげんな目で見るケースケ。
「僕だよ、ケースケ。優だよ、東雲優。わからないのかい、悪友?」
僕の言葉にケースケは目を丸くさせた。驚いた後、ふうっとため息をつく。
「優…なのか?」
確かめるようなケースケの言葉に、コクコクとうなずく。
頭をガシガシと掻いたあと、少し拗ねるような感じで言った。
「…わかるわけねーだろ。俺はお前の今の姿を知らないんだぞ」
「そういえば、今の僕の写真とかは送ってなかったっけ?てっきりノブヒコかカナからメールが行っているのかと思ってた」
ケースケは僕が元男の子だったことを知る友人のうちの最後の一人だ。一応、電話とメールで事情は説明しておいてある。
なんか自分から写真を送るのはちょっと気恥ずかしくて送れなかった。
カナとノブヒコとは一緒に写真を撮ったりもしたから、ケースケにも写真が渡っているのかと思ったけど。
「いや、写真を送れと言ったら、自分の目で確かめろと言われた」
「ふーん。…そういえば、僕と気付かなかったのになんで助けてくれたの?ケースケってそんなキャラだったっけ?」
僕の知っているケースケはこんなやっかいごとには自分から首をつっこまないタイプのはずだ。気付いてもスルーするだろう。
「雰囲気が優に似てたからかな。考えるより先に手を出してしまった」
いつも通りの無愛想な表情でそんなことを言った。
えーと、それは女の子だったら誰でもというわけではなく、僕だったから助けてくれたということか。
ほっとすると同時になんか嬉しくなって顔が赤くなってくる。…あれ、なんでほっとしたんだ僕は。
「あ、ありがと…」
「それにしても」
ケースケは拳を口に当てて僕を姿をジロジロと見ている。
さっきの茶髪の男性とは違って嫌な感じはしないが、何か恥ずかしい。
「優、助けたお礼におっぱい触らせてくれ」
僕は無言で右の拳を握ると体をひねってコークスクリュー気味にケースケのお腹に拳を叩きこんだ。
ぐほっと声を上げて、ケースケが膝をつく。
油断した。こいつもノブヒコと同じくおっぱい星人だった。みんなおっぱい大好きだな。
「拳だったらお腹にいくらでもごちそうしてあげるよ、ケースケ」
蔑んだ瞳でケースケを見下ろす。
ケースケはふらふらと立ちあがった後、ゴホゴホと咳込んでいた。
いくらとっさの事とはいえ、サッカー選手にけがをさせちゃまずいな。顔だったら腫れるだけで済むだろうし、次なんか言ったらビンタしよう。
「冗談だ」
「めちゃめちゃ本気の目だったと思うんだが」
そんなキリッとした感じで言われても。
携帯を取り出して時間を確認してみると15時を回っていた。だいぶ時間を取られちゃったな。携帯をバッグにしまってケースケに顔を向ける。身長差があるから上目づかいになる感じだ。
「ケースケは時間ある?久しぶりに会ったんだし、喫茶店で話でもしない?」
「悪い。もう学校の寮に戻らないといけないんだ。ここには日用品を買いに来ただけだからな」
「そうなんだ…」
ケースケの言葉にシュンとなってうつむいた。
電話やメールではやり取りしていたけど、久しぶりに会ったからお話したかったんだけどなー。
そんなことを考えていたら、頭に大きな手が載せられる感覚があって、わしゃわしゃと頭をなでられた。
「また今度な。暇な日が出来たらメールする」
「わかった」
ケースケにはケースケの都合があるし、困らせても仕方ないな。僕は頭をなでられて乱れた髪を直しながら答えた。
「優はこのあとどうするんだ?」
「うーん、ケーキ屋さんでモンブランを食べようと思ったんだけど、またさっきみたいなのがあったら嫌だし今日はもう帰るよ」
「そうか」
今度はきちんとナンパの対処ができるようにならないとなと心に決める。でもナンパのおかげでケースケとも会えたし、今日はプラマイゼロってところか。
「それじゃ、駅まで送ってやろう。さっきみたいなヤツに絡まれても困るしな」
「いいの?それじゃ、頼むよケースケ」
今回はお言葉に甘えよう。ケースケと二人、駅に向かって歩き出した。
ショッピングモールも夕方近くになるとさらに人混みが激しくなっていた。僕とケースケは人の間をかきわけるようにして進んでいる。ふとケースケを見ると右手でショルダーバックをつかみ、左手をプラプラさせていた。
「ケースケ、手を握ってもいいかな?」
「なに?」
「手、この混雑だとはぐれちゃうと大変だし」
「…勝手にしろ」
無愛想に答えて左手をこっちに差し出したので、右手でぎゅっと握る。久しぶりに握るケースケの手はごつごつして大きくて、でもあったかかった。
「さっさと行くぞ」
「ま、待ってよ」
歩みを速めるケースケに僕は慌ててついていった。
次回から学園に登校する話になります




