69『冷え入る夜』
ゲルトとフランクに連れられてやって来たマチルダとキャサリンは一歩部屋に入ってあたりを見回した。
入ってすぐの部屋はアンナリーナのもののようだ。
大きめの書き物机の上に薬箱や乳鉢、乳棒などが置かれている。
そして見覚えのあるテント。
足を止めて見入っていた2人はフランクに促されて奥の部屋に入る。
ここにもテントが張られていたが、他にソファやテーブルがあった。
そして見慣れない、小さな暖炉のようなもの。
「これは魔導暖炉だそうだ。
絶対に手を触れないように」
そこにアンナリーナが飛び込んできた。
「ごめん、ごめん。
テントの中にいて気づくのが遅れちゃったよ。
マチルダさんもキャサリンさんも体調大丈夫?」
頷きながらも2人は訝しげだ。
「今夜は冬並みに冷えるんだって。
2人とも病み上がりでしょ?
だからここに招待したわけ。それに頼みたいこともあるしね」
アンナリーナは手早くお茶の用意を始めた。
女性2人は昼食を済ませているはずだ。
「ゲルトさんとフランク、昼食はまだ? じゃあ、食べていくよね?」
もちろん、と頷いた2人の目の色が変わる。
まず先に、女性陣のためのラングドシャを出した。お茶は体を温める効果のある薬草茶だ。
そして腰を据えて、ゲルトとフランクのための昼食を出していく。
「んん〜
中途半端に残っているサンドイッチでしょ……」
ハムやゆで卵、ローストビーフやポテトサラダ、トサカ鳥の照り焼きやチキンロールを挟んだものもある。
目ざといフランクは1番にポテトサラダのサンドイッチを手前に引き寄せた。
潰してマヨネーズで和えたゆで卵とトマトのサンドイッチ、炒り卵とカリカリベーコンのサンドイッチ、アボガドもどきとハムを挟んだものもある。
カップにコンソメスープを注いで2人に渡した。
キャサリンも誘惑に負けたのだろう。
アンナリーナに一言断ってサンドイッチに手を伸ばした。
「美味しい……」
齧りかけのゆで卵のサンドイッチを持って感激している。
そういえば彼女、食パンのサンドイッチを初めて食べるのだったか。
勧められてマチルダもアボガドのサンドイッチを口にしている。
そして男性陣は旺盛な食欲でもって、机の上に出されたものを平らげていく。
この時、4人は気づかなかった。
当の本人、アンナリーナがクリームスープしか食していなかったことを。
夜が更けたマリアの寝室。
その部屋の隅に机を運び入れ、付き添いがてら、アンナリーナは調薬をしていた。
一般の熱冷まし薬から、長期間摂取すると有害となる添加物を使わず、天然のハーブを混ぜ込んだ。
そして練り込む為の水分にポーションを使う。
あまり長持ちはしないが、今回は2日分なので問題ないだろう。
「主人様……そろそろ休憩なさった方が」
ナビが、アンナリーナの根の詰めようを心配して声をかけてくる。
「あと少しで出来上がるから。
ちょうど夜明けぐらいになるから、付き添いはマチルダさんたちに任せるよ」
マチルダとキャサリンがマリアの世話をする。
これは、本人たちとマリア、ジャマーの双方に話を通してあった。
ジャマーやアンナリーナが常に付いているわけにもいかず、かと言って男性を寝室に入れるわけにもいかない。
2人が快諾してくれた事でアンナリーナも休むことが出来る。
「解熱薬2日分、抵抗力を高める薬湯、ミント茶の茶葉、消炎効果のあるハーブと蜂蜜ののど飴……」
すべてに名前を書き入れ、ひとつの籠に収めていく。
「ああ、喉の湿布取り替えてあげなきゃ」
前回と同じように、布に軟膏を塗りつけていく。
そして、そっと肌に張り付いている湿布を剥がしているとマリアが目を覚ました。
「起こしてごめんね。
すぐに気持ちよくしてあげるから。
……具合はどう?」
「だるいですけど、喉の痛みはいつもよりマシです。
あの、喉が渇いたんですけど」
「もし、できれば、ゼリーでも食べてお薬を飲んで欲しいのだけど……
どう? 食べれそう?」
夕刻に食べた甘いゼリーを思い出し、口内に唾液が湧き上がってきた。
「はい、はい、頂きます」
ランプに照らされた瞳に喜びの色が広がる。
ゆっくりと起き上がったマリアの背に枕を挟み、アンナリーナはバッグから柑橘系のゼリーを取り出した。
酸味の少ない果実を搾り、ローヤルゼリーと砂糖を加えてある、滋味高いゼリーだ。
喉を潤す為の水もアンナリーナが【ウォーター】で出した高純度の魔法水である。ここまでして良くならないはずがない。
マリアにゼリーを食べさせて、薬を飲ませる。
状態保存の付与がされた水差しに氷と魔法水を入れて、アンナリーナは立ち上がった……いや、立ち上がろうとした。
家具の倒れる騒々しい音と、マリアのか細い悲鳴。
部屋の外で護衛をしていたフランクが飛び込んで見たのは、寝台の足元に倒れ伏すアンナリーナの姿だった。




