307『希望』
老公爵は息が止まるかと思った。
突然現れたブラックドラゴンから飛んできた少女は、自分が血眼になって探していた【劣化版アムリタ】の出品者だった。
視界がぼやけてきているのは、年をとって脆くなった涙腺が崩壊しつつある証拠だ。
「なんと……なんと」
もう言葉は出ない。
老公爵は人目もはばからず、滂沱の涙を流した。
「公爵様……
一度どこかで小休止致しませんか?」
アンナリーナの提案に騎手は大きく頷いた。
初日ゆえ、出立が午前の遅い時間であったので昼食も摂らずにここまで飛んできた。
老公爵の従者の乗った騎鳥が近づいてきて相談を始める。
アンナリーナはようやく涙が治った老公爵の近くを飛び、その様子を観察した。
アデラール・フランソワ・ド・テラシォン公爵。
齢は70才をいくらか越えたあたりだろうか。
北部の出身らしく色素の薄い……肌は日焼けしているが元は色白なのは間違いないだろう。
その顔は、一言で言って頑固爺。
深く刻まれた皺は厳しかった生涯を表しているようだ。
髪は年齢による白髪化が進み、元の金髪はまばらになっている。
唯一、若い頃と変わらないのは、その水色の瞳だろう。今は白眼の部分が充血して真っ赤になっているが。
13羽の騎鳥とセトが降りたのは広大な森に隣接する平原だった。
着地と同時にドラゴニュートに変化したセトに、老公爵を含めた一行がびっくりして見ていた。
「公爵様、お茶はいかがですか?」
セトがあっという間にテーブルセットを出して、アンナリーナがお茶の用意をする。
「ああ、申し訳ない」
老公爵の目は茶と共に出された菓子に向いている。
アンナリーナはピンときてアフタヌーンセットを取り出した。
この大陸ではあまり馴染みのない風習、アフタヌーンティ。
3段になった特徴的な食器に、一口大のサンドイッチやスコーン、パンケーキやミニケーキが盛り付けられている。クッキーやラングドシャは別盛りだ。
「どうぞ、まずは召し上がって下さい。お話は後ほど、ゆっくり致しましょう」
アンナリーナたちから離れたところでは、セトが随行の者たちに軽食を出していた。
セトの正体がドラゴンだと知っている彼らは、初めは恐る恐るだったものの食べ物に惹かれて徐々に近づいてきた。
こちらの軽食はアンナリーナが老公爵に出したものよりもずっと腹持ちの良いものが出されていた。
「美味い! これは一体何なんだ?!」
コカトリスの唐揚げはここでも大人気だ。




