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272『欲求不満解消のあとで』

 89階層にひしめき合った魔獣は、階層の隅々まで行きわたり、さすがにアンナリーナたちもこの超巨大モンスターハウスに驚愕と辟易を繰り返していた。


「はぁ〜 チョーお疲れ!

 今日はここで野営しよう」


 次の90階層に向かう階段の踊り場にでん、と取り出した移動住居型大型馬車に、いの一番に乗り込んで行ったのはアラーニェである。

 アンナリーナの近侍の護衛はアマルに変わっている。


「おう、今日はいい感じに暴れた。

 しばらく使ってなかった筋肉が喜びに咽んでるぜ」


 のっしのっしとこちらに向かってくるテオドールはその肩に、殺人猪の亜種を担いでいる。


「こいつは滅多にお目にかかれない、希少な猪だ。

 数日熟成させて食うとめちゃくちゃ美味い。

 アンソニーに渡して下拵えを頼んでくれ」


 朝からずっと魔獣相手に暴れていたのに、さほど疲れているようには見えない。

 猪を雑用係のアンデッドに渡すと、すでに並べられている椅子に、どっかりと腰を下ろした。


「しかし、奥に進むほど凶悪な魔獣になっていくとは……

 まったく、どんな性悪ダンジョンだよ。

 リーナ、良くひとりでこんなモンスターハウスを掌握したな。


「88階層はここほど広くないし、それにこれほど詰まってなかった」


「それは…… あまり良い傾向ではないな。

 この下もモンスターハウスが続くんだろうか」


 アンナリーナは考える。


「私は、ダンジョンの特性とかあまり詳しくないけども、その可能性もあるし、また数階は落ち着くかもしれない」


 氾濫間際のダンジョンは、下からモンスターハウスが押し出されて魔獣が上がってくる。

 それがどんどんとせり上がっていき、破綻したのが “ スタンピート ”だ。


「どちらにしても……

 最終到達階層を決めて、そこまで行ったら戻ろうか」


 これからの指針はあっさりと決まった。




「リーナ様、今日はもうお休み下さい」


 相変わらず過保護なアラーニェに押し切られて、アンナリーナは寝室に向かった。

 そこにテオドールがやって来て風呂の仕度をするように言うと、さっさとアラーニェを追い払ってしまった。


「今夜は一緒に入ろう」


 珍しい事ではあるが、まったく無いわけではない。

 大きめの湯槽にふたりが一緒に浸かると、一気に湯が溢れるがそんな事は気にしない。

 今日は落ち着いた香りの炭酸ガス系入浴剤を選び、主にテオドールの筋肉疲労のケアを優先した。


「あ〜 きもちいい」


 少しぬるい目の湯に、テオドールの股座にすっぽりと収まったアンナリーナが両手を前に突き出して伸びをする。


「長湯して大丈夫なのか?

 昨日の傷はどうなんだ?」


 タコのある、ゴツゴツした指がささやかな胸に触れる。

 肋骨を骨折した事も、その骨が刺さって肺が傷ついた事も話していないが、正直言って知れた時が怖い。


「アムリタ飲んだから大丈夫だって言ってるじゃん」


「おまえは自分自身に無頓着すぎる」


 アンナリーナが、たまに言われる事だが、元々大雑把すぎるアンナリーナに何を言っても無駄だろう。


「さて、と。

 熊さん、背中を洗ってあげるよ」


 うふふ、と悪戯っぽく笑ったアンナリーナが【異世界買物】で調達した体洗い用のタオルを手を取った。


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