269『ピンチ!!」
激しい痛みに息をするのもままならない。
アンナリーナは歯を食いしばりながら思念した。
『【回復】【回復】【回復】』
すぐに治癒魔法が効き始め、痛みが消えて呼吸が楽になる。
折れていたであろう肋骨が肺を傷つけていたのだろう。アンナリーナの口の中は血の味がした。
「リーナ!」
真っ青に顔色を変えたテオドールが、アンナリーナを横たえようとする。
その手を遮るようにしてアンナリーナはかぶりを振り【劣化版アムリタ】を取り出して一気にあおった。
……全身の細胞が活性化していく感じがする。
今まで何本も作ってきたこの回復薬だが、自分が口にするのは初めてであった。
「これは……すごい効き目ね」
【回復】をかけた後も残っていた違和感が一瞬にして消え、痛んでいた胸を触っても、深呼吸をしてみても何もない。
「心配かけてごめん。
もう治療したから大丈夫。
それよりも、今の攻撃をしてきた魔獣の方が問題だよ」
アンナリーナは慎重に探査をかけた。
目の前に浮かぶマップのディスプレイには複数の赤い点が展開している。
その中で目に見える魔獣と赤い点を重ねていくと、一点、姿が見えないのに赤い点が点る場所がある。
『これは……カメレオンのような習性を持つ魔獣なのかしら。
前世の私の生きていた時代では空想科学だった【光学迷彩】のようなもの?』
アンナリーナはその対象に向かって【風刃】を放った。
その瞬間、何かを切り裂いた音がして、徐々に現れたのは4m近くあるカメレオンにそっくりな魔獣だ。
「これは……見たことのない魔獣だな」
首を切断されて、完全に事切れた魔獣の側にしゃがみこみ、テオドールが検証している。
アンナリーナに屠られる瞬間、攻撃しようとしていたのか、その長い舌が地面に投げ出されている。
「これにやられたみたいね。
ある意味単純な打撃攻撃だけで助かったかな」
先に進む事に重きを置いて、防御が疎かになっていたのは反省するべきだ。
アンナリーナは周囲に強めの結界を張って、それを徐々に広げていった。
「広範囲【真空】レベル2」
周囲の空気が凍りついた感じがした。
その階層に潜んでいた魔獣だけでなく、全体に生える植物までその効果は及び、あるものは枯れ果て、あるものは粉砕されている。
「イジ、セト。悪いけど取り込まれないうちに回収してきてくれるかな。
特にあのカメレオン擬き、すごく関心があるの」
「リーナ。
今日はもうここで野営をしたらどうだろうか?」
テオドールの提案には一理ある。
「そうだね」
アンナリーナは左腕の時計を見て、時間を確認した。
「うん、もう夕方の5時。
1日目としてはまあまあな時間だね。
ちょうど良い平地だし、馬車を出すよ」
この場での野営が始まった。
「あのカメレオン擬きには結界を弱体化する能力があるのかもしれない。
一番外側に通常の結界をネロに張ってもらって観察しよう。
今夜は気を抜けない夜になるけど、ツリーハウスからも応援を呼ぶので、皆十分に休息を取ってね」
アンナリーナが負傷した……と聞いて、一番取り乱したのはアラーニェだった。それと、言葉は発しないがアマルが傍らから離れようとしない。
「リーナ様、明日からはこのアラーニェもお連れ下さい」
涙ながらに縋るアラーニェの姿は、何も知らない男ならグッと来るものだろう。だが彼女の心の中で激しく燃え盛るものはすべてアンナリーナに捧げられている。
そしてアマルは、その触手でアンナリーナの身体に触れて、患部であった胸部を弄っている。
「アマル〜
もう怪我は大丈夫だから。
念のため、アムリタも飲んだから〜」
元々脆弱なヒトの身体だ。
特に肺が傷ついていたのは、他の冒険者なら致命傷であっただろう。




