252『緊急事態』
「………」
覚醒したアンナリーナは、弾かれたように身を起こした。
「!! ここは?!」
気配察知、悪意察知、探査……
何ひとつ反応しない。
そして囁くようにその名を呼んだ。
「ネロ」
返事はない。
『ネロ!ネロ! どこにいるの?
聞こえたら返事をして!』
続けて念話で呼びかけてみてもなしのつぶてである。
「落ち着かなきゃ、まずは落ち着かなきゃ……」
自分自身に言い聞かせるように繰り返して、必死で不安な心を抑さえつけようとする。
こんなところで、こんな状況でパニックを起こすのは悪手以外の何ものでもない。
ピクリと身を震わせたアンナリーナは後ろに這うように背後の木に身を寄せた。これで、とりあえずは背中を襲われる事はなくなった。
薄暗い森の中、アンナリーナはあたりを見回し、神経を研ぎ澄まし気配を探る。
「とりあえず、近くに何かがいるわけではないみたいね。
【ライト】」
生活魔法の【ライト】で灯りを取ろうとしたのだが、うんともすんとも言わない。
アンナリーナは内心怯えながらも、今の自分の装備を確認した。
ワイバーン皮のロングブーツ、つま先は金属で補強されている。レギンスとチュニックはアラーニェ特製のアイアンスパイダー糸で織られた鎖帷子状の織物だ。防寒も優れたそれらは冬場の採取用に特別に開発された。
腰のベルトには鉈と採取用のスコップやヘラなどが挟み込まれていて、手には手袋。
フード付きのローブは寒さを防ぐもの、色はモスグリーンベースの迷彩色だ。
ある意味、今回は採取目的であったため、このような装備でよかったと言える。
そしてアンナリーナはようやく立ち上がり、今自分がいる木を見上げた。
ほどほどに太く、てっぺんまでかなりありそうだ。
もうすぐ闇が迫ってくるだろう時間に、アンナリーナは木に飛びついて登り始めた。
「あのまま下にいるのは愚策以外の何ものでもないけど、木の上だって多少はマシ、ぐらいかな」
ワイバーン皮のロングブーツのつま先で蹴ると木にボコリとめり込む。
そうしてゆっくりと登ってゆき、結構な高さでおあつらえ向きに枝葉のしげる場所で止まった。
「確か、こっちにあったはず」
アイテムバッグからパネル状の道具を取り出したアンナリーナは、パネルに繋がったロープの先の金具を木に打ち付け、固定した。
これは【ポータレッジテント】と言う登山用品だ。
用途は岩壁などでビバークするときに使う台座のようなものだ。
この上にテントを張れば冬季でも使える、一部では重宝されているものだ。
アンナリーナは以前【異世界買物】で見つけて購入していたのだが、こんなところで役立った。
そしてテントもセットで買った折りたたみ式で、カバーから外すと独りでに形になる便利用具だった。
「よっこいしょ、っと」
樹上のテントによじ登り、アンナリーナはやっとひと息ついた。
アイテムバッグに手を入れて望みのものを取り出していく。
まずはランプ。魔導ランプは魔石を燃料とする魔導具だ。これはたとえ魔力がなくても使える家庭用品だ。
アンナリーナはスイッチを押して火をつけた。
……久々の灯りに、ホッとする。
そしてアイテムバッグから取り出したもうひとつの物【結界石】をポータレッジテントのフレームの四隅に置いて、これで本当に肩の力が抜けた。




