212『出航』
デッキに出ているアンナリーナたちは、今出航の時を迎えていた。
重々しい合図の鐘が鳴らされ、船が動き出す。
この船は魔導船なので、前世のような化石燃料もましてや人力も必要としない。
まるで風を受けたようにスルリと動き出した船は、一切の抵抗も受けず岸壁から離れていった。
「リーナ、部屋に戻ろう。
すぐに風が強くなる……ここにいても面白い事はないぞ?」
「うん、もうちょっと」
アンナリーナは今世はもちろん前世でも船に乗った事がない。
公園の池にあるようなボートすらないのだ。態度には表していないが、今現在かなりはしゃいでいたのだ。
前世でテレビなどで見た海と違って、その色は特徴的な淡藤色だ。
これが深度を増すと紫が強くなると言う。
「不思議な色だね」
「そうか?
俺らは、海はこんなもんだと思っているから、何とも感じないがな」
ふたりで並んで腰掛けていて、早朝の清々しい空気の中、海の匂いが混ざっている。
「それにもっと外洋に出たら、びっくりするくらい海の色が濃くなるそうだぞ。
俺は見たことないがな」
テオドールの腕が腰に回され、あっという間に膝の上に持ち上げられてしまった。
そのまま座らされ、マントで包まれる。
「海の風は冷える。
まだしばらく見ていたいなら、このままにしていろ」
マントの上からそろりと撫でられてビクリと震えると、テオドールが喉で笑った。
「ん?」
テオドールに身体を凭れさせていたアンナリーナが顔を持ち上げた。
「どうした?」
ふたりはまったりと、潮風に吹かれて寛いでいた。
そんななかの、アンナリーナの異変だ。
「んん……誰かが私の結界に触れたね」
「船員か、メイドではないのか?」
「違うね……」
アンナリーナはまるでもの思いにふけるように虚空を見つめ、その目に怒りを浮かべた。
「悪意のあるものが解錠しようとした。船員ならノックするはずだし、メイドなら鍵を持ってるでしょ。
それにうちはクリーニングは要らないと言ってあるもの」
「主人、様子を見に行ってこようか?」
アンナリーナたちの後ろに控えていたセトが初めて口を開いた。
彼は自分たちの部屋だけでなく、もっと広い範囲で異常を感じているようだ。
「いいえ、後で何かトラブルがあった時のアリバイのために、あなたたちはここを動かないで。
どうせ私の結界は破れないんだし……
諦めて動き出したようね」
アンナリーナは脳内パネルのマップ機能で、対象の動きを監視している。
そしてセトはその他の気配を探っていた。
「ふうん、この不審者は一度二等客室に戻って、それからまたどこかに行くようね……
ほら、動きだした」
アンナリーナの言葉をセトが補完する。
「同じように動いているのが9人?
いや11人か?
ほとんどが部屋に入るのに成功しているな。そして出てきて……皆、二等客室に向かっている」
「そうね。私たちの部屋に入ろうとした不審者は、一階上の一等客室の一室に入っていったわ。
中には……3人いるわね。
皆、真っ赤っかよ」
アンナリーナの悪意察知能力では対象は赤く表示される。
これは魔獣と同じである。
「これって、ひょっとして強盗団?
まずいんじゃない?」
閉鎖空間での犯罪をどうすれば良いのか、アンナリーナには考えつかない。
ただ、今アンナリーナが騒ぎ立てるのは問題あるだろう。
「今、鉢合わせするのもまずいわ。
もう少し様子を見て、皆で船長のところに行きましょう」
そしてアンナリーナはまた、マップに戻っていった。




