204『謝罪と探索』
その男の、手入れの行き届いていたはずの髪は乱れ、サーコートは埃にまみれてくしゃくしゃになっていた。
馬から転げ落ちたまま、這うようにして向かってくるエンゲルブレクトは、自分の部下たちが愚かな思い違いからアンナリーナの元に赴いたと聞くと、一睡もせずに騎馬で追いかけてきたのだ。
そして……どうにか間に合った。
ギリギリだったが部下たちはまだ “ 生きて ”いる。
「リーナ殿っ!」
縋るように見上げたアンナリーナは、邪悪な笑みに口角を歪めている。
「なぁんだ、残念。
正当防衛でプチってやっちゃおうと思ったのに。
エンゲルブレクトさんがきちゃったらダメダメじゃん」
軽口を叩いているような口調で、何気なく恐ろしい事を言ってくる。
アンナリーナから湧き上がる魔力は一旦引っ込んだが、代わりにセトたちから発せられる殺気が凄まじい。
テオドールの足は愚か者の1人を蹴り上げた。
「で、どうなさるおつもり?」
見た目は小柄な少女だが、中身は前世アラフォーの干物女だ。それなりの経験と老獪さを持っている。
「彼らは、完全に思い違いをしている。あの件は契約を交わし、倒した魔獣のすべての権利はアンナリーナ殿のものであると決着している。
今回の暴挙は、完全に此奴らの逆恨みだ。改めて謝罪させていただく」
「……もう、あなたたちの顔は二度と見たくなかったわ。
エンゲルブレクトさん、早くその人たちを連れて帰って。
私の気が変わらないうちに」
静まっていないだろう怒りを胸に、アンナリーナが踵を返した。
4人の男がその後に続き、エンゲルブレクトはホッとひと息吐く。
そして足元にひれ伏す部下たちに怒声を浴びせた。
「っ! お前たちはっ!!
何と言う事をしてくれたのだ!
この一件、このままでは済まないと思え!」
ダンジョンの入り口という公共の場で、多数の目撃者……それも兵士とギルド職員という最悪の面子の前で起こした “ 契約違反 ”
彼らはこの後、只では済まないという事を理解していない。
そして、その最初の断罪者となるエンゲルブレクトは、アンナリーナたちが消えたダンジョンの入り口を、ただただ見つめていた。
「あ〜 もー ムカつく!」
アンナリーナだけでなく、後の4人も殺気丸出しで駆けている、ダンジョンの低層。
尋常ではないスピードで駆け抜けた1階層、2階層、3階層では、弱い魔獣はそれだけで死んでしまうほどの “ 負のオーラ ”が充満していた。
八つ当たりである。
4階層の、アンナリーナたちにとっては多少骨のある魔獣たちを、バッサバッサと斬り捨てて、後ろから拾っていくネロが置いて行かれるほど進んで行く。
5階層、6階層と進み、7階層でひと休みした。
「この後は、この階層をもう少し細かく探索しましょう」
実はこのダンジョン、下層に進むほどその規模を広げていて、すでに7階層では1階層の約50倍の面積を有している。
「ただ歩き回るのも何だけど、マップを作れば後々役に立つと思うの」
前回、ジャスティスハートの捜索の時には、まずスピードを重視したので本道以外の場所はまったく探索していなかった。
アンナリーナのアイテムバッグから取り出されたポットから、熱いお茶が注がれて皆に振舞われる。
前世の登山などに使われるステンレスのカップは、こちらの木のものと違って使い勝手が良い。
「ここまで駆け足で来たけど、あともう少し探索して、それから野営しようと思うんだけど……どう?」
テオドールが籠手をずらして、ちらりと腕時計を見る。
「そうだな。
最悪、テントひとつ出せる平地があれば野営出来るからな、どちらに行く?」
「あっち。魔獣がたくさんいるの」
まだ八つ当たりに満足していなかったようだ。




