198『階段の踊り場にて』
幾度かの戦闘を繰り返し、今アンナリーナたちは8階層へと続く、階段の前にいる。
「気が急くのはわかるが、もうかなりの時間だ。今夜はここで野営する」
テオドールの言葉に一瞬不満げな表情を浮かべたが、エンゲルブレクトは自身の疲労を認めて、大人しく頷いた。
「一応、階段とその前は安全地帯だが、何事にも例外はある。
今のところここを越えてきた魔獣はいないが、もしスタンピートになればたやすく越えてくるだろう。
もし、ここに陣取って闘う時は背後にも気をつけた方がいい」
ドッと疲れが襲ってきたのだろう。
座り込んだエンゲルブレクトは無言で頷いた。
その横でイジがテントを出し、セトがアンナリーナを連れて早々に引っ込んでいく。
「あんたも寝支度くらい自分でしてくれ」
そこにセトとともにテントに入っていったイジが、深皿を持って戻ってきた。
「夕食の足しにしろ。パンくらいは持っているだろう?」
エンゲルブレクトに渡されたのは、湯気の立つシチューの入った皿だ。
「ああ、ありがとう」
温かい食事にびっくりしながらも、受け取ったシチューを見つめる。
こんなところで温かい食事を摂ることがどれほど贅沢な事か、大手クランに属するからこそ、よくわかっている。
すぐに自分の荷物からスプーンと黒パンを取り出したエンゲルブレクトは、冷めないうちにとがっついた。
そして、自分が朝食を摂ってから何も食べていなかったことを思い出す。
ここまでに口にしたのはアンナリーナに勧められた紅茶と、合間合間に飲んだ水だけだ。
「美味い……」
「そりぁ、うちのアンソニーが作ったんだからな。それに元々はリーナのレシピだ。王都の人間でも珍しいだろ?」
この国の中興の祖、エドワルド王も、料理の方はからっきしだったようだ。
リーナから見て、地球からの転移、転生者の紹介した料理は見当たらない。
今夜のシチューはベシャメルソース仕立てのシチューだ。
牛乳仕立てのシチューは食べたことがあっても、ここまで濃厚なクリームシチューは初めてだったのだろう。
エンゲルブレクトはパンで皿を拭うようにして、きれいに食べた。
「テオドール殿、先に食事を」
戻ってきたセトが声をかけてきた。
「リーナは?」
「主人は眠っている。
今はアラーニェが付いている」
ぶっきらぼうなセトの物言いに、エンゲルブレクトは眉をひそめたが、テオドールにしてみればいつものことだ。
「では、俺もリーナの様子を見て、また戻ってくるわ。
セト、後を頼む」
「了解」
テオドールとセトの間にも知らない間に、お互い信頼のようなものが芽生えていたようだ。
階段の踊り場の地面に、直に座っていたエンゲルブレクトが、セトを見上げた。
ドラゴニュート、竜人と呼ばれる彼らはこの大陸ではかなり珍しい存在である。
身長は2m半はあるだろう。
しなやかに動く尾は恐ろしいパワーを秘めていて、あの尾で叩かれたら骨折ではすまない。
頭部はまさしく竜であり、その口には鋭い牙が覗いている。
珍しい漆黒の竜人はミスリルの甲冑に身を包み、その背には巨大なバスターソードを背負っている。
それでいて、彼は本来魔法の方が秀でていると言う。
「ありえないだろ」




