152『逃げたい……』
「お嬢さん、お待たせしたね」
部屋に入るのに頭を少し下げて、大男がそう言いながら入ってきた。
「改めて謝らせてもらうよ。
勘違いして、余分な手間をかけさせて悪かった」
「いえ、あの……楽しかったですし」
「そうなのかい? 本当に?
そう言ってもらうと気が楽になるんだが。
ああ、自己紹介が遅れたね。
私はこの大学院の学長、リーダロット・シャルメンタルだ。
よろしく頼むよ。小さな薬師殿」
青緑色の髪を首の後ろで束ねた、銀色の瞳をした大男。
見るからに、戦士のような出で立ちをしているが、学長という事は魔法職なのだろうか。
アンナリーナが知らず知らずのうちに首を傾げていると、リーダロットがクスクスと笑いだした。
「ごめん、ごめんね。リーナ嬢がとても可愛らしかったから。
私は、基本的には魔法職なんだけど巨人族の血が濃く出たようでね。
私の職種は【魔法剣士】なんだよ」
そういう職種があるのは、聞いて知っていたが、実際には初めて見たのだ。
物珍しそうにしていたアンナリーナは、ふと思い出してポーチを探った。
「あの、これは私の師匠からの紹介状です」
アンナリーナが旅に出る前にユングクヴィストにもらったものを、リーダロットに手渡した。
彼はブーツの踵のあたりから小さなナイフを取り出して、封筒を開ける。
封蝋を見てもピンとこなかったが、中に入っていた証書のようなものを開いて、ゆっくりと目を通した。
「ユングクヴィスト様のお弟子か。
道理でな、優秀すぎるほど優秀だ。
……リーナ嬢、ものは相談だが、あなたはここに留学する気はないかな?」
アンナリーナは突然の申し入れにびっくりする。
「実は、先ほどの試験の結果を見させてもらった。
これほどの逸材を逃すなんて、自分が許せないのだよ。
どうだろう? 何なら客員としてもてなすし、出来れば教鞭をとって欲しいのだ」
何やら話が大きくなっている。
「あの、私は今旅の途中なんです。
素材の採取をしながら、出来れば隣の大陸まで行くつもりです。
だから、申し訳ないですが……ごめんなさい」
「今回はいつまでここにいるんだい?」
「はっきりとは決めてなかったんです。でも、そろそろ王都にも行きたいと思ってるんです」
この大学院に収蔵されている書物に興味はあるが、アンナリーナの危機察知能力にビンビン響いてくる。
ここはなるべく早く、トンズラするべきだ。
「あの〜 そろそろ連れが心配するので、宿に戻りたいのですが」
時刻はそろそろ夕方になりつつある。
「そうだね。
今日は長い時間を割いて頂き、ありがとう。できればこれからも、お付き合いいただきたい」
アンナリーナとしては、あっという間に流されて、取り込まれてしまいそうで、怖い。
「では、では失礼させていただきます」
走りだしたいのを必死で我慢して、アンナリーナは受付の女性の先導で部屋を出て行った。
それから大学院の門を出るまでが、どれほど長く感じただろう。
「残念だけど、もうこの町から出た方がいいのかもしれない」




