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120『クロンバールの悲哀』

 アンナリーナの祖国クロンバールは揺れていた。

 王都を取り巻く街道での怪異に加え、南部辺境でのスタンピード発生に、まずは辺境都市から領主の私兵と緊急招集された冒険者が南に向かった。

 そんな彼らが目にしたのは、膨大な数の魔獣の群れであり、それは彼らの心を折るのに充分だった。



「3の姫の行方が知れぬ?」


 そんななか、齎された報せに父親である王は仰天する。

 それはつい最近留学した学院でトラブル……これもかなり頭を悩ませる内容であったが……を起こし出奔した姫の事だ。

 そして今、ハルメトリアから出国したのは確認されたが、それ以降の行方が掴めずにいるという。


「……今はこのような状況だ。

 居場所がはっきりしていて迎えに行くのならともかく、姫を捜索するために兵を割く事は出来ぬ。

 王都からも討伐軍と招集した冒険者を出発させよ。

 王都の守りは第二、第三騎士団をあてよ」


 今のクロンバールは、問題児の消息より優先すべきものがある。

 王の傍らにいた宰相は、周辺国のギルドへの依頼を出す為に席を外した。



 ハルメトリアの北部、サバベント領に隣接する黒の森は、本来間に二国挟むハルメトリアとクロンバール間の、直接行き来出来る唯一のルートだった。

 だがそこは通常では考えられないほど強力な魔獣が跋扈する森だ。

 どうしてもそこを通らなければならないものたちの為、一応道はある。

 だがそれは十分な数の護衛を連れる事でどうにか踏破出来るという難所中の難所なのだ。


 そこを今、護衛も連れず、たった一台の馬車が何かに怯えるように駆けていた。

 それは控えめだがクロンバール王家の紋章の入った中型の箱馬車だった。

 御者台にはお抱えの御者と女騎士、中には王女と、彼女の女官として同行していた男爵令嬢、そして侍女の3人が乗っていた。


 着の身着のまま、逃亡するように出奔してきた一行は、最低限の用意しかなく、この森に入る前最後に寄った村では足元を見られて僅かな食料に男爵令嬢のピアスを取られた。

 水の入った皮袋3つには王女のネックレスが交換条件であった。

 王女の方も、すでにここまでの旅の過酷さに怒る元気もなく、今も侍女の肩にもたれかかっている。


「どうしてこんな事になったのかしら……」


 虚ろな目でぼんやりと考える。


「私は何も悪いことをしてないのに、こんな、こんな」


「姫様、この森を抜けたら北部辺境ですが我が国に入ります。

 それまでどうか辛抱下さいませ」


 いくら我儘王女といえど、そのくらいはわかっている。

 思わず涙ぐんだ王女はもう何日も洗っていないハンカチで涙を拭いた。


 その時。


 ガタンと馬車が揺れ、王女の身体が前に投げ出された。


「きゃあ!」


 3人の女性の悲鳴があがり、馬車がふわりと浮き上がる。

 と、同時に地面に叩きつけられ、斜めになった馬車内で3人の身体はゴム毬のように弾み、飛んだ。





「隣国の討伐依頼ですか?」


 アンナリーナは今、依頼を受けていたポーションを納品にギルドにやって来ていた。


「いえ、強制ではないのです。

 ただ、本当に異例なのですが、隣国で起こったスタンピードの討伐隊への募集なのです」


「そうですか……

 悪いけど私たちは遠慮させていただきます。ごめんなさい」


「いえ、別に強制ではないのですし、受ける受けないはリーナさんの自由です。

 今日はありがとうございました」


 殊勝な顔をしてギルドから出たアンナリーナは、もう吹き出しそうだ。


「リーナ?」


「もうダメ、耐えられない」


 おもむろにテオドールの胸に飛び込んで、その腹に顔を押しつけて、声を漏らさないよう防音の結界を張って、アンナリーナは笑い出した。

 それは傍目には泣いているようにしか見えず、周りからは心優しい薬師殿が悲観しているように見えていた。


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