108『撤収』
現れた時と同じように突然姿を消したアンナリーナたちに、ユングクヴィストはもう驚くのをやめた。
元々規格外の弟子だったが最近は【転移魔法】を使えることを隠そうともしない。
ただ、それはどうやら自分だけに限られるようで、その信用されていることにユングクヴィストは気を良くした。
すでに陽は陰り、深い森はさらに重々しくのしかかるようだ。
突然、アンナリーナが転移で学院に戻り、後に残されたテオドールはセトと相談して野営の準備を始めていた。
長く冒険者をしているテオドールでも聞いたことのない鳥の鳴き声がしている。
イジがツァーリを連れてあたりを探索しているが、セトによると大した脅威は感じられないらしい。
「ただいま」
馬車の中から姿を現したアンナリーナがテオドールに飛びつく。
彼女がこのようなときは精神的な異変があったときだと知っているテオドールは、そっと小さな身体を抱きしめた。
「リーナ、部屋に戻るか?」
「うん……」
アラーニェとセトにチラリと視線を巡らせて頷きあったテオドールは、アンナリーナを抱き上げると馬車の中に入っていった。
「私は、自分が生まれたこの国が嫌い」
「ああ」
アンナリーナの、生まれた村での事情をある程度聞かされているテオドールは相槌を打った。
「この国には煩わされたくないの。
それなのに……」
今回の一件の説明をすると、なんとも言えない顔で溜息をつくアンナリーナが、次の瞬間黒い笑みを浮かべた。
「だから虐めちゃう。
……一度、国外へ出てアリバイを作ってから転移で戻ってきて地獄を見せてやる」
ようやくアンナリーナが元気になって、ホッとしたテオドールだった。
翌朝、テオドールの腕の中からモソモソと這い出したアンナリーナはアラーニェと相談して朝食後、イジも連れて学院の部屋に向かった。
「長いようで短い2年間だったわね」
この間にアンナリーナは16才を迎えた。
ただ、身体はまったく成長せず、子供体型のままだ。
「リーナ様?
別にこれで退学するわけではありませんし、これからは便利になります。
ユングクヴィスト殿も快諾して下さってよろしゅうございました」
そうこうしながらも、アンナリーナは部屋の私物を次々とインベントリに収納していっている。
クリスタルのシャンデリアや絵画など、高い場所にあるものはイジに取ってもらい、あっという間に撤収を終えた。
そのあと、この部屋の元々の備品を元通りの場所に置いて【洗浄】し、先にアラーニェとイジをツリーハウスに戻してからクローゼットに設置していた “ 扉 ”を収納して、結界を解き転移した。
「ユングクヴィスト様、鍵を預けてよろしいですか」
「おお、もう引き揚げてきたのか。
相変わらず仕事が早いの……
それはさておき、今回の事は国から正式に苦情を申し入れたぞよ」
「そちらこそ早すぎですよ。
私を政の駆け引きに使わないで下さいね」
アンナリーナは差し入れの焼き菓子をテーブルに置いた。
マドレーヌやフィナンシェと言った比較的日持ちのする菓子だ。
「ユングクヴィスト様。
正確な事情を話さないままの私に、場所を与えて下さってありがとうございます」
それほど【アムリタ】は衝撃的だった。
それのためなら悪魔に魂を売っても良いと考えるものは多いだろう。
「ユングクヴィスト様、お茶にしましょう」




