90『絆』
テオドールの手を引いてアンナリーナは、寮の部屋に移動していた。
「リーナ?」
「熊さん、ここに座って」
アンナリーナの寝室に置かれたソファーに2人並んで座り、そして向き合った。
いつもと違う、アンナリーナの様子に訝しみながらもテオドールは彼女の手を握り、その言葉を待った。
「熊さん……
これから話すことは私の、とても自分勝手なお願いなの。
だから熊さん、もし嫌ならはっきりとそう言って」
「おいおい、一体なんだって言うんだ?ずいぶんと勿体ぶるな」
そう言われてもなかなか言葉が出て来ない。
アンナリーナの指先は震えている。
「熊さん、私と【従属】契約をして欲しいの」
やっと言い切ったアンナリーナの顔色は悪い。
「【従属】契約?
それって、この間のガキとしていたヤツか?」
「うん、そうだよ。
ただアントンとは即座に契約解除したけどね」
「そうか…… いいぞ」
「いいぞって、本当にいいの?
私、まだ何も詳しい話、してないよね?」
うろたえ始めたのは提案されたテオドールではなく、した方のアンナリーナだ。
「じゃあ、その詳しい話? してくれるか?」
どっしりと深く、テオドールはソファーに座りなおす。
「わ、私は……熊さんと、いつも一緒にいたい」
「リーナ」
「【従属】なんて不本意だと思う。
でも、他に考えつかなかったの。
ごめんなさい」
「ん? どう言うことだ?」
「だって……だって熊さんは一番大切な “ 家族 ”なのに!
ツリーハウスに住めないなんて!!」
アンナリーナの胸の奥底で、いつもモヤモヤと燻っていた想い。
家族としての従魔たちより、さらに深く結びついた伴侶であるテオドールが、どういう形を取ろうとアンナリーナの庇護下に入り家族全員がひとつ屋根の下に住むことが叶えば、それはアンナリーナの夢に近づく事になる。
「リーナがそう望むなら……
俺としては大して忌避感はないし、何よりも惚れた女の “ お願い ”だ。
言葉はどうあれ俺は構わんよ」
「ありがとう。熊さん」
この後テオドールは【従属】契約の宣誓を行い、その夜は二人きりで過ごした。
翌日。
「ねぇ、やっぱりやめよう」
尻込みして、前に進もうとしないアンナリーナと、それを促すテオドール。
そして、そのふたりを見つめるセト。
この3人が先程から、ツリーハウスへの入り口となる扉の前で繰り返し遣り取りをしていた。
「テストだってしたし、それも問題なかった。でも不安なの!
他に何か考えるから、やっぱり……」
取りすがるアンナリーナをそのまま抱き上げて、スタスタと境界線に近づくとセトに目で合図する。
そしてそのまま手を差し出した。
アンナリーナにデジャヴがこみ上げてくる。
そのこと自体に後悔はないが、どうしてもアントンの悲惨な最期を思い出した。
「熊さん、何を!?」
その腕に変化が見えればすぐに切り落とせるように、セトが剣を構えるなか、テオドールの指先が、手が、肘から先が境界線を越え、何事も起きない事を確認して……アンナリーナの目から涙がこぼれ落ちた。




