88『最深到達確認終了』
「マークさん、大丈夫ですか?
そろそろ戻ってきてもらえませんか?」
アンナリーナの小さな手が、マークの頬を叩いている。
その刺激に我に返ったマークは、慌てて上体を起こして、額から落ちてきた湿ったタオルを受け止めた。
「よかったです。
記録員さんがいないとこの先に進めませんからね」
彼らの周りでは、屠られたリザードマンたちの骸を、セトとイジがアイテムボックスに収納している。
今回の集団はそこそこの規模で、アンナリーナはホクホクだ。
「実はリザードマンはとても美味なのです! 今宵の夕食に調理してみますね」
マークが気絶するほど恐怖したリザードマンも、このアンナリーナにかかれば食材のひとつとしか数えられない。
「ふむ、今回の武器のダンジョン鋼は質が良さそうですね。
どうですか、皆さん……
お好きなのをひとつ、持って帰られませんか?」
もちろん高性能な武器は最優先で確保してある。
この場に残っているのは鋳溶かしてダンジョン鋼に戻してしまうようなものだが、それでも一介の兵士やギルド職員が手に出来るようなものではない。
戸惑っている兵士たちの前にセトが、剣や槍の類を一纏めにして持ってきた。マークには短剣を数本差し出す。
「これはミスリルのダンジョン鋼だ。
あんたは戦闘職ではないから短剣の方が扱いやすいだろう」
セトがそう言った短剣を、瞳をキラキラさせて見入っている。
「い、いいのか?」
「主人がそう言っているのだ。
気に入ったのなら取っておけばよい」
マークはその後、その階の探索を上機嫌で終えた。
「これで22階層の攻略確認が終わりました。途中、貴重なご意見もいただき、本当に参考になりました」
「まだ帰りもあるんですよ?
気が早いですね〜」
22階層の最終地点、階段の手前でテントを設営し、今晩の野営の準備が始められる。
アンナリーナは作業台を取り出して、先ほどのリザードマンの肉の下ごしらえを始めた。
時間魔法の【熟成】を使い、リザードマン肉はさらに味わいよくなった。
それに、アンナリーナ一押しの某製粉会社のから揚げ粉をまぶす。
そして魔導コンロを取り出して油を加熱し、揚げ始めた。
「それは何ですか?」
揚げ物など見たこともないマークが食いつき気味に聞いてくる。
兵士たちも興味津々だ。
「これは【から揚げ】と言います。
美味しいですよ?」
揚げあがったから揚げがどんどんと積み上げられていく。
結界の外をリザードマンたちが徘徊するなか、アンナリーナたちの夕食が始まった。
メインはリザードマンのから揚げ。
爬虫類の肉は鳥肉に近いと言うが、リザードマンに関してはそれに程よいオイリーさと溢れる旨味のある高級肉だ。
スープは千切りの野菜を煮込み、生姜を効かせたコンソメスープ。
サラダボウルに山盛りになったアボガドときゅうりとトマトのサラダ。
ショートパスタのボロネーゼ風と黒パンだ。
「明日は早朝に出発して、一気に上がりましょう」
アンナリーナの言葉を聞いているのかいないのか……
食事に夢中になっているマークや兵士たちを、アンナリーナは温かい目で見つめていた。
そうして、言葉通りにダンジョンから出てきたアンナリーナたち。
だが同時に、これからの到達確認への高いハードルを思い知ったマークだった。
「ねぇ、セト。
ちょっと相談があるんだけど」
「主人? 何だろうか?」
「最初は、休暇中ずっとここにいて、ダンジョン攻略をするつもりだったんだけど……他に行ってみたいところが出来たの」
「ほう、どこですか?」
アンナリーナの気まぐれはいつもの事なので、セトに驚きの様子はない。
「アグボンラオール。
珍しい【迷いの森】というのが発現しているそうなの」
「では、ここは明日にでも撤退しますか?」
アンナリーナはかぶりを振り、明日は食材を狩りに行くことを伝えた。




