42『ジルヴァラ』
尾を股の間に挟んだ白銀の大型犬が、恭順を示しながらアンナリーナの後をついて歩いている。
最初、その様子を見たテオドールたちは、その犬がどこから現れたのかわからなかった。
セトたちよりも先に戻ってきたアンナリーナが、結界を越えてテオドールたちを見る。
「もう大丈夫ですよ。
タイニスさんたちも、出てきてもらって結構です」
アンナリーナが、コンコンと馬車を叩くとおっかなびっくり御者が顔を出した。
「遅くなりましたが夕食の支度をしますね。すぐにセトたちが戻ってきますから、イジと馬の世話を手伝ってあげて下さい」
「わかった。
それよりもリーナ、さっきから気になってるんだが……その犬は何だ?」
アンナリーナの斜め後ろでちょこんと座っている犬……
「【ティム】したの。
今回の襲撃の張本人、群れのボスだったフェンリルだよ」
その時の、周りのものの顔は見ものだった。
……ある者は驚愕しアンナリーナを見つめている。またある者は恐怖に身体を硬直させていた。
テオドールすらポカンと口を開けたアホ面を晒している。
「名前はジルヴァラ。
本当はもっと大きいのだけど場所をとるからお手軽サイズになってもらってるの」
犬、改めてジルヴァラはぴょこんと頭を下げた。
いつものように張られた、アンナリーナのテントから、アンソニーがトサカ鳥のグリル焼きを持って出てきた。
すでにセットされていたテーブルにそれを置き、また戻っていく。
何度か往復して料理を出し終えると、またテントの中に姿を消した。
その様子を見ていた、アンナリーナたち以外の者は突っ込みたい事満載なのだが、触れてはいけない事と自制している。
あのテントの中がどうなっているのか興味津々なのだが、それを聞いてしまうと身の破滅を招く気がして、出来なかった。
その日の夕食は、品数は少なかったが量はたっぷりとあったが、アンナリーナはそこに自分のインベントリからポテトサラダを出して食卓に並べた。
そしてセトとイジには追加でオークのステーキが持ってこられ、いつもよりいくらか多いそれはジルヴァラにも与えられた。
主人となった少女の足元で、次々と皿に足される肉を食べて、ジルヴァラと名づけられたフェンリルはあさましいほどガツガツと口を動かしていた。
はじめて口にした、火を通した肉は美味で食欲が止まらない。
「ふふ、誰も取らないからゆっくりお食べ」
ジルヴァラが気づかないうちに横にしゃがんでいたアンナリーナが覗き込んでいる。
「まだまだたくさんあるし、足りなかったら焼いてもらうから好きなだけ食べて」
黒狼の群れを率いていたとは言え、所詮は野生のフェンリル、また大所帯ゆえに充分な量の食料を得ることは中々難しく、空き腹を抱えていたことも数多かった。
それが今日からはもう飢える事はない。
獲物を襲撃するグループは失ったが、森の奥にはまだ年老いたものや雌、そしてまだ年若い者たちが暮らしている。
自分がいなくても命は受け継がれていくと、フェンリルは思う。
そして重責から解放されたのだと。
もう自分は甘えていいのだと、そう思った。




