36『それぞれの視線』
タイニスと従者がテントに引き揚げたのを合図のように、御者2人もテーブルから立ち上がって馬の寝床の様子を確かめに行った。
従魔たちも、それぞれの仕事の持ち場に付き、アンナリーナはテントに戻っている。
残されたふたりは目を合わせ、サルバドールはわかりやすくテーブルに突っ伏した。
「あれ……あの嬢ちゃん、何なんでしょうねぇ」
くぐもった、情けない声。
サルバドールの頭はもう、ついていけない。
「錬金薬師で従魔士だな」
「あの別嬪の姉さんも従魔なんですよねぇ……もったいない」
「彼女は【アラクネー】だ。
ちょっかい出したら喰われるぞ」
ゾッとする話である。
「まあ、あまり考え込むなよ。
お前の今回の仕事は連中の見極めだ。
まあ、もう……わかりきってるがな」
とりあえず荷物をテントに入れようと、アルバインが立ち上がる。
いつもアンナリーナがあまりにも規格外で考えたこともないが、冒険者は普段背負いのリュックに必要なものを入れて持ち歩いている。
アイテムボックス(アイテムバッグ)持ちは高ランク者など、一握り。
アルバインとサルバドールはもちろんアイテムバッグを持っているが、その容量はアンナリーナに比べるもなく、その見た目は背負いリュックだ。
「しかしテントまでポンポンと。
一体どの程度の容量があるんだか」
入口の布を捲り上げ、アルバインが動きを止める。
「副長、何やってるんすか……ぁ?」
頭だけつっこんで、サルバドールはまたテントの外に出た。
「俺、寝ぼけてるんすかね?」
「いや、これは……」
恐る恐る中に入ってみたふたりだが、本来のテントの大きさでは、彼らの身長では屈まなければ頭がつっかえてしまうはずだった。
だが中は、普通に立っていてまだ余裕がある。
それに簡易とはいえ、厚目のマットレスに枕と毛布。テントに入ったところには机と椅子が用意してある。
「なんじゃあ、こりゃあ!?」
騒ぐサルバドールを尻目にアルバインは、顎に手をやり呟いた。
「……【空間魔法】持ちか」
ひとしきり騒いだサルバドールが、もう疲れたと言わんばかりに椅子に座る。
「あの嬢ちゃんは一体何者なんですかね?薬師と言うのは、通常こんなもんなんすか?」
「まさか……
従魔を使うだけでも規格外だが、この空間魔法はかなり魔力を喰うんだ。
一体いくつテントを出している?
それに気づいたか?
この野営地の俺たちの周りに【結界】が貼ってある」
「【結界】すか?」
アルバインは黙って考え込んでいる。
「あとは戦闘力だが……
潤沢な魔力を惜しみなく使うんだろうな。自身は後衛として従魔を操るのかもしれないが、アレはそんな大人しいタイプじゃないだろう」
アルバインは何となくだが、今回の昇級試験はあっさりと、テオドールのS級、リーナのA級、従魔たちのC級が決まりそうな気がしている。
その少し前、タイニスのテントでも同じような事が起きていた。
違うのは、その視点が商人のものだったと言う事だろう。
「旦那様」
タイニスの従者が顔色を変えている。
「噂に違わず、何と稀有な姫君よ。
国王陛下が何とか取り込もうと、必死なのも理解できる。
ご本人はけんもほろろで無視されているようだが……これでは無理もない」
アンナリーナにとっては何でもないテントも、空間拡張を付与された本来考えられないような魔導具だ。
ぜひ取引したいものだが、あの少女はどう反応するだろうかと、タイニスは考え込む。
だが、商機なのだ。




