16『忙しいアンナリーナ』
その夜、アンナリーナが医療室にやってきたのは夕食も済んだ、夜半とも言える時間だった。
「遅くなってごめんなさい」
「いえ、こちらこそお手数かけます」
錬金薬師であるアンナリーナは忙しい。
この学院で学業の傍ら、調薬も行なっているという話だ。
今夜もキリの良いところまで、調薬をやめられなかったのだろうとイゴールは、勝手に想像していた。
「リーナ様、わざわざ申し訳ありません」
ベッドに横たわっていたアレクセイが上体を起こしてアンナリーナを迎えようとする。
「いいの、そのまま寝ていて?
ちょっと診させてもらうね」
イゴールが上掛けをめくり、寝間着の前のボタンを外していく。
下着だけの姿になったアレクセイは少し寒そうだ。
「ごめんね、少し我慢してね」
【解析】と触診で確認していく。
アンナリーナは、左のふくらはぎの傷痕に触れた。そこはまだ肉が抉れていた。
「うん、いい感じに肉が盛り上がってきているね。このまま元の状態まで治りそう。
筋肉も再生されているから、明日には少し歩いてもいいわよ。
でも、あと2〜3日は部屋から出ないでね」
「では、リーナ様」
イゴールが期待に満ちた眼差しでアンナリーナを見つめている。
「はい、明朝にはお部屋に戻ってよろしいですよ。
アレクセイくん、よく頑張ったね」
「ありがとうございました。リーナ様」
アンナリーナと供のアラーニェを見送ったイゴールは、手渡された袋に目を落としていた。
「一応、追加の痛み止めと熱冷ましを用意しました。
それとこの瓶に入っている軟膏は、強張った筋肉をほぐす効果のあるものです。
アレクセイくんの左脚はかなり深い傷でした。
あのまま、適切な治療がなされなければ歩けなくなったかもしれません。
これからしばらく、かなり歩きづらいでしょうが毎晩入浴の後、この軟膏で両脚をマッサージしてあげて下さい」
この袋に入っている薬が、いや、己の主人に使われた薬やポーションがどれほど高価なものか、貴族家に仕えているイゴールにわからないはずがない。
特に現地で、応急処置の為に使われた数は怖気をふるうほどだ。
そしてそれだけの量を、質をもって彼の大切な “ 坊ちゃま ”は命を繋いだのだ。
モロッタイヤ村からアンソニーを連れて戻ってきたアンナリーナは、その場で【従魔契約】を結び、この時から彼はアンナリーナの従魔となった。
そして、セトとイジにアンソニーを任せ、アンナリーナは先にアレクセイの元に行った。
そして今また、ツリーハウスに戻ってきている。
「アンソニーのお部屋も作らなきゃ。
でも、今夜はイジと一緒のお部屋で我慢してね。
ベッドはちゃんと出すから」
自由に体を動かせないアンソニーは、只々恐縮している。
「ね、アンソニー。
今は身体を元に戻すことを考えて。
すっかり良くなったら存分にお料理してもらうわ。それまではここでゆっくりしていてくれたらいいの」
そこにアマルが、膳を持ってやってきた。
『ご主人様、もう夜も更けているので、身体に負担のかからないものにしました。我らの新しい仲間にも同じものを持って参りましたが』
「ありがとう。とても美味しそう」
アンナリーナの大好物、生クリームのリゾットだ。
もちろん米は柔らかめに炊いてある。
「アンソニーも食べてみて?
お米は初めてかな?」




