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107『閉じ込められた洞窟の中で』

『気圧915ヘクトパスカル、北東の風25m、最大風速35m、吹雪、予想最高気温マイナス5℃、予想最低気温マイナス30℃、現在の外気温マイナス20℃、現在所の気温7℃』


 少しの仮眠をとったあと、アンナリーナは懐中時計を手に【天候予測】で外の様子を探っていた。

 スキルを使ったせいか、前回より情報が増えている。


「これで天気図とかあったらいいんだけどな。まあ、あまり詳しくはないんだけど……」


 前世の天気予報で馴染んだ地図を思い出す。


「それにしても……

 もし私らがこの依頼を受けてなかったら、ダージェさんたちはアウトだったかもしれないね」


「何をブツブツ言っているんだ?」


「熊さん!

 起きてきたんだね。今、食事の支度をするよ」


「ゆっくりでいいぞ、馬が気になって出てきただけだから」


 2人はそれぞれ、馬の繋がれているところとテントに分かれて踵を返した。



「食べながら聞いて下さいね。

 まずは現状ですが……外は相変わらず吹雪いてます。

 それから気温は昨日より下がってます」


「あの、雪崩の雪はどうするんだい?」


 ダージェの心配は最もだろう。

 だがアンナリーナは楽観的だ。


「これからもっと気温が下がります。

 あれはちょうどいい風避け?になりますから。取り除く方法もありますしね」


 アンナリーナがちろりとセトを見る。

 セトとイジは隣のテーブルで、山のようなステーキをがっついている。


「それからボリスさん、今日明日は無理しないで休んでいて下さいね。

 自覚はなくても内臓は一度冷えると中々元に戻らないんです。

 なるべく暖かくして、温かいものを飲食して下さい。

 ダージェさんも予防の為に」


 食後に鎮静効果のあるハーブ茶を飲んだボリスは、眠気を訴えてベッドへ戻っていった。


「ダージェさん、護衛任務の積荷に関しては、最低限の事を除いてあまり詳しい事は聞かないルールですが……あの積荷に関して厳密な納期とか、あるのですか?」


「納期は一応あるが、それほど厳しくはない。だが、少なくとも2月中には納めなければ先方に迷惑がかかるんだよ」


「では10日かそこらくらいなら大丈夫なんですね」


 前世の地球と同じようなシステムなら気象の周期というものがあるはずだ。

 特に今回のような寒気は、強くなったり弱くなったりを繰り返すはずである。

 ボリスの体調と寒気の弱まりのタイミングが合った時、それが脱出そして出発の時だろう。



 アンナリーナは豆を炊いていた。

 携帯用魔導コンロを3台も出して、それぞれ寸胴鍋でたっぷりの水とともに煮込んでいた。


「リーナ、今夜のシチューは何だ?」


 目の前に人目がない場合は、その見かけに反して頬にキスなどしてくる。

 そんなテオドールに、鍋を指し示して説明する。


「今夜のシチューは【コカトリスのモモ肉とひよこ豆のトマトシチュー】だよ。

 コカトリスの肉がホロホロと崩れるくらい、柔らかく煮込むの。

 メインはあっちでミートローフを作ってもらってる」


 聞いたことのない料理の名を言われて、テオドールは少し首を捻っている。


「あとこれは明日以降のスープになるかな……うずら豆や白花豆はほっくりして美味しいよ」


 モロッタイヤ村で買った、前年度の収穫のもので、残っていた豆をすべて取り出して煮込んでいる。

 一部は砂糖を入れて、甘味として頂くつもりである。


「なあ、リーナ」


 いつまでもぐずぐずして、この場を離れようとしなかったテオドールがおずおずと声をかけてきた。


「今回は……こんなことに巻き込んでしまって、本当に悪かったと思ってる」


「熊さん? どうしたの、急に。

 第一、私がいなかったらこれって、ずいぶん拙い事になってるよ?」


 恐らく、通常の速度で進んでいたら、道中、よくて中継地にたどり着けたかどうか。下手をすれば街道で動けなくなったのは必至であろう。


「でも、俺はこんなつもりじゃ……」


「知ってる。熊さんは私のトラウマを軽くしようとしてくれたんだよね。

 ありがとうね、熊さん」


 テオドールの腰に腕を回して、ほんの少し甘えてみる。


「でもね、もうあれは……トラウマじゃなくなってきているの。

 あれは、違う」


 今なら何となくわかってしまう。

 アンナリーナにとって初めての恋は、淡く優しいものだった。

 たしかにフランクと愛し合っていたのだと思う。

 だがそれは、アンナリーナの方がフランクに何かしてやる事の方が多い、歪な形だった。

 たとえ、前世のアラフォーの女性の記憶があるとしても、アンナリーナはようやく15才になったばかりの少女だ。

 相手に貢ぐばかりで依存されるよりも甘えたい。

 家族の情を知らずに生きてきたアンナリーナは、テオドールの懐の深い愛をいつしか受け入れ、彼の事を好きになっていた。

 だから。


「熊さん、私……もう大丈夫だよ」


「俺のためにポテトサラダ、作ってくれるか?」


 無精髭を生やした顔が真っ赤になっている。

 一瞬、意味がわからなくてキョトンとしたアンナリーナに、微笑みが浮かぶまでさほど時間はかからなかった。


「うん、熊さんのためにいっぱい作ってあげる」


 改めて、テオドールの腰に力一杯抱きついた。


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